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霧の浪漫旅行 9
僕たちは、二階建てバスの先頭に座った。
ちらりと柊一さんの様子を窺うと、まるであの日の僕のように身を乗り出し、二階から見えるロンドンの街の景色に驚いていた。
「瑠衣……あの日の君も、あんな風に可愛かったよな」
「アーサーも思い出していたの?」
「あぁ、君との初めてのデートだったからな」
「僕にとって人生の転機だった。あの日のことは……昨日のことのように色鮮やかに思い出せるよ」
真っ赤なバス。
マーケットではためいていた、色鮮やかなストールの色。
ハンバーガーの湯気とケチャップの赤。
そっと自分の唇を指で撫でた。
あの日の間接キスを思い出せば、頬が火照る。
「瑠衣、なんで照れている?」
「あ、うん……僕もあの頃は初々しかったなって」
「ははっ、君は今でも初心なところがあるよ」
「そう?」
新鮮な気持ちは、大切にしたい。
だから嬉しい一言だった。
「フフン、柊一くん程ではないけれどもね」
アーサーが意味深にウインクする。
「なぁ瑠衣、海里の顔を見てくれよ」
「わっ」
海里が、見たことがないような甘い表情を浮かべている。
蕩けそうな目で、柊一さんを見つめている。
「海里さん、海里さんっ、あそこはなんですか」
「あぁあれは、 タワー・ブリッジさ」
「わぁぁ、なんだかお城みたいですね」
タワーブリッジはロンドンを代表する建物で、中世のお城のような建物が二つ並んでおり、テムズ川にかかる橋の中でもとりわけ印象に残る橋だ。
「そうだね。柊一の大好き世界だね」
「はい! あぁ夢みたいです! コ……コホッ」
その時、柊一さんが小さく咳をした。
「ん? どうした?」
「あの、少しだけ喉がイガイガして」
「それは良くないね。機内は乾燥していたからね。さぁ喉を見せて」
「え?」
「あーんして」
柊一さんの顎を掴んで、真剣な眼差しだ。
「あ……あーん」
突然医師モードになる海里に、苦笑してしまった。
そして柊一さんの素直な可愛さにキュンとしてしまった。
海里は僕の腹違いの兄だ。
君のそんな柔らかい表情は、滅多に見たことがないので新鮮だよ。
本当に心の底から、柊一さまを愛しているのだね。
大切にしているのだね。
「か……海里さん、これは恥ずかしいです」
「しっ、診察中だよ。よし、熱はないな。喉も赤くないので良かったよ。だが油断して体調を崩しては大変だ。アーサー、バスを降りたらホットレモネードを売っている場所に連れて行ってくれないか」
「了解!」
バスを降り、四人肩を並べて石畳の街を闊歩した。
僕たちのダブルデートは、順調だ。
僕もアーサー以外の気心知れた人と、ロンドンの街を巡るのは初めてだ。
どうやら、僕の青春は今、ここにあるようだ。
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