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霧の浪漫旅行 19
海里と柊一さんの嬉しそうな顔をそっと見つめ、アーサーの決断は正しかったと確信した。
ロンドンに出てくる前のことだ。
……
「瑠衣、瑠衣、ちょっといいか」
「アーサー、どうしたの、その格好は?」
アーサーがまるで庭師のような服装で、額に汗を垂らしてやってきた。
「寒いのに汗なんてかいて……風邪を引くよ」
ハンカチで汗を拭いてあげると、アーサーが少年のようにワクワクした表情で笑った。
「ありがとう。ちょっと来てくれないか」
「何?」
「こちらだ!」
アーサーは僕の手を引いて、庭に出た。
ここは僕たちだけの中庭。
その真ん中に建てたのは、白い壁の小さなコテージだった。
僕とアーサーの隠れ家だ。
「中に、ベッドを組み立てたんだ。見てくれ」
「ベッド?」
中を見ると、白木の可愛らしいベッドが一台置かれていた。
「君がこれを?」
「あぁ、ここにはベンチしかなくて、いつも窮屈だったろう」
「なっ……」
ここで君に何度か抱かれた。
といってもベンチしかないので、深く繋がることが出来ず、もどかしい熱を抱えることも多かった。
「あ……だからベッドを?」
「少し手狭だが、このサイズがいいと思ってさ」
「どうして?」
「どうしてって、どうせ横に並んで眠ったりはしないからさ」
「も、もうっ」
アーサーが冷やかすので、耳朶まで赤くなる。
「おっと、怒るなよ。なぁ、客人には、ここに泊まってもらわないか」
「えっ?」
「マナーハウスもいいが、おばあさまや使用人もいるし、気を遣うだろう。ここなら二人だけの世界だ」
「いいね! とても素敵な提案だよ」
アーサーはいつも、僕のいる世界を明るく楽しくしてくれる。
そのアッシュブロンドの髪色のように、目映いよ。
「喜んでくれて嬉しいよ。瑠衣の喜ぶ顔が見たくて頑張ったんだ」
「アーサー、君って……」
「ん?」
「本当に素敵だ」
「やった!」
僕たちはじゃれ合うように口づけを交わした。
そして二人でコテージの鍵を閉めて、微笑んだ。
「さてと、この鍵をどうやって渡そうか。ただ渡すだけじゃロマンチックじゃないよな。そうだ、いいことを思いついた」
「何?」
「内緒さ。ロンドンに行ってからのお楽しみだ」
「何を考えているのか分からないけど、ワクワクするよ」
……
僕も柊一さんも、おとぎ話が大好きだ。
だから、きっとアーサーが素敵なサプライズを企画してくれているのだろうと期待していた。
まさか僕らの行きつけのPubでダーツをして、賞品にするなんて……
とてもスマートで、とてもロマンチックだ!
案の定、柊一さんは列車の中で鍵を大切そうに握りしめて、頬を上気させていた。
「海里、我が家のコテージは中庭に建っていて、敷地内なので安全だ。それで誰も近寄らないから、思う存分自由に過ごしてくれ」
何とも意味深なことを……
「アーサー、それは最高の贈り物だ。ありがとう。」
「あ、あの……海里さん、コテージだなんて『森のくまさん』になったみたいですね」
「クマさん? どちらかというと『オオカミ』のような気分だよ」
「あの……どうして、オオカミなんですか」
柊一さまの天真爛漫さには、海里もタジタジだ。
「あっ、いや……」
「はは、柊一くんには、あとで赤い頭巾を貸してやろう」
「赤い頭巾ですか……」
真剣な眼差し、キョトンとした様子に、僕たちはそれ以上は突っ込めなかった。
「よく分かりませんが、何か楽しいことが起こる予感がします」
「柊一さんの大好きなおとぎ話の世界ですよ、いや童話の世界か……」
「る、瑠衣……そんな風に言われると……こ、こ……困るよ」
あれ? もしかして――
全く気付いていないわけではないのか。
本当に可愛らしい人だ。
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