484 / 505

霧の浪漫旅行 21

「間もなく到着だ」 「そうか」  肩にもたれていた柊一は、今は俺の腕の中にいる。 「海里たちの荷物は、俺たちが持つよ」  アーサーと瑠衣が手分けして持ってくれた。 「車が迎えに来ているから、そのまま移動するといい」 「あぁ」  柊一を勿忘草色のブランケットですっぽりと包み、俗に言うお姫様抱っこをしてやった。  疲労困憊の柊一は、抱き上げても目覚めない。  おそらく疲れた身体に、ビールを飲んだせいだろう。  こうなるのは分かっていたが、Pubで楽しそうに過ごす君を止められなかった。  大胆に俺にキスをしてくれた君が、愛おし過ぎて― 「きっと、今頃いい夢を見ているんだな」 「あぁ」 「着いたら、おとぎ話の世界だ。喜ぶだろうな」 「数日、世話になる」 「ロンドンの伯爵家は緊張しただろうが、ノーサンプトンシャーは俺のテリトリーだ。気ままに過ごせよ」 「助かるよ」  ロンドン観光の後、そのまま英国全土を周遊する旅も考えたが、柊一の体力では持ちそうもないと判断し、アーサーと瑠衣の館に滞在することを選んだ。    別荘で寛ぐように過ごすことで、計画は落ち着いた。  駅前にはアーサーの運転手が迎えに来ていたので、速やかに移動できた。  窓の外には、英国の月が浮かんでいた。  月明かりが照らす木立の道を、真っ直ぐに走り抜けた。 「今日ももう遅い。おばさまはもう眠ってしまったから、挨拶は明日にしよう」 「分かった」 「コテージには暖炉もあって温めてある。何不自由なく過ごせるように、瑠衣と準備しておいたから、ゆっくりしてくれ」 「ありがとう。恩に着る!」 ****  日本。  冬郷家の屋敷。 「桂人、そんなところで何をしている?」 「……月を見ていたんだ」 「何故?」 「なぁテツさん、月って、この世に本当にひとつしかないのか」 「そうだ」 「じゃあイギリスで見える月も、あの月なのか」 「あぁ」 「……ふぅん」    桂人は眩しそうに目を細めて、また空を仰いだ。  美しい顔に、月光が艶めきを与えてくれる。 「桂人……どうした?」  チュッと薄く開いた唇に口づけを落とすと、桂人が漏らした言葉は切なかった。 「社に閉じ込められていた頃、夜が怖かった」 「……」 「月はオレを慰めてくれたが、月のない夜は真っ暗だった」 「そうだったな」 「今は、こんなに明るい場所で、こんなに豊かな暮らしをしている自分が、眩しいんだ」 「もう充分、桂人は苦労した。一生分の苦労をしたんだ」 「おれは……まだ幸せに慣れない」    幸せに臆病な桂人は、幸せ過ぎると不安になってしまう。   これはすぐに治るものではないので、そんな時は俺が幸せで上書きをしてやる。  海里さんと柊一さんが留守の間、俺たちは使用人部屋ではなく母屋に宿泊するように言われていた。客間に滞在するように指示されていた。  天蓋付のベッドに執事服の桂人を沈め、タイを抜き取った。 「今日はもう店じまいだ。俺だけの桂人に戻れ」 「だが……」 「俺たちにも、夜は必要だ」  俺をじっと見上げる桂人の、白シャツのボタンを外し、白い胸の飾りに恭しく口づけて、身体を開いてもいいかと合図を送る。  返事は、朱に染まる身体がしてくれる。  力を抜いた身体が、答えてくれる。 「桂人……抱くぞ」 「あぁ、テツさん。あなたに抱かれると……これでいいと思えるんだ」 「桂人の居場所はここだ」 「んっ……」 「昔は……丈夫な身体が恨めしかった。どんなに傷ついても回復してしまう身体が疎ましかったんだ」 「桂人……」  全裸にした桂人を抱き寄せてやる。  俺は……桂人の薄く筋肉のついた凜々しい身体に、激しく欲情する。 「桂人……人が傷つく場所は身体だけじゃない」 「どういう意味だ?」 「ここが深く傷ついたはずだ」  そっと彼の心臓の位置を撫でてやる。 「桂人の場合……心がその分、傷ついていたんだ」 「テツさん……あぁ、テツさんはおれの全てを理解してくれるんだな。だから好きだ……おれを抱いてくれよ。今宵も深く、強く……零れ落ちないように」   

ともだちにシェアしよう!