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霧の浪漫旅行 27
「お兄ちゃん、ずっとここにいてね」
「もちろんだ。立ち寄ってくれてありがとう」
「また来るわ。そろそろ行かないと」
「あ……春子」
「なぁに?」
思わず呼び止めると、春子が可憐な笑みを浮かべて振り返ってくれた。
本当に綺麗になったな。
「……また立ち寄ってくれるか」
「もちろんよ!」
「良かった」
ワンピースが花弁のように舞って、春の妖精のようだった。
東北の片田舎ですり切れた着物を着て、ガビガビの頬を引きつらせていた春子はもういない。
春子という名の通り、きっと春の精のように可憐な女性となるだろう。
おれの妹。大切な妹の幸せを願っている。
****
ふーん、お兄ちゃんってば、モテモテね。
執事服、似合っているわ。
はぁ~、まぁ、もともと綺麗な顔立ちに磨きがかかっていたしね。
でも鈍感よね。
さっきから女性の熱い視線を浴びまくっているのに、気付かないのかしら?
うーん、何故か妬いてしまうわ。
ずっとずっと頑張って苦労してきたお兄ちゃんには、身を委ねる相手が必要なのよ。
お兄ちゃんを守ってくれる人がいい!
だから……春子の大事なお兄ちゃんの相手は、同性のテツさんで良かった。
そんな風に思えるようになった自分が誇らしかった。
「あ……テツさんだ」
庭仕事に没頭しているテツさんの後ろ姿が、木々の間に見え隠れしている。
ふぅん、相変わらず逞しい身体ね。
もっともっとお兄ちゃんに夢中になってね。
やだ、私ってば、何を……言って?
その時、テツさんが突然振り向いたので驚いてしまったわ。
「やぁ、春子ちゃん」
「テ、テツさん、お久しぶりです」
「桂人に会いに来たのか」
「そうです。あとテツさんのことも」
「そうか……そうだ! 春子ちゃんに渡したいものがあるんだ」
「何かしら?」
「少し待っていてくれ」
ワクワク、ドキドキするわ。
暫くするとテツさんが、小瓶を片手に戻ってきた。
「これ、よかったら使ってくれ」
「?」
「冬郷家の薔薇の花弁を水蒸気蒸留器で蒸留させた、ローズウォーターだ」
「素敵!」
ほんのりピンクの液体に、うっとりするわ。
「あの、これ……何に使うのですか」
「無農薬で食用に育てた薔薇から作っているので、肌のケアだけでなく、飲むこともできるんだ。その……定期的に摂取すれば薔薇芳香成分が体内に取り込まれてるから、汗をかいた時に、皮膚から薔薇の芳香成分が放出されるようになる……」
テツさんが何故か顔を赤らめて言うので、私まで照れ臭くなってしまった。
「そ、そうなのね。私は化粧水として使うわ。ありがとう」
小瓶を抱えて、私は妄想した。
お兄ちゃんの肌、とてもしっとりして綺麗だったな。
汗をかいたら、あそこから薔薇の香りがするのね。
激しく汗をかいたら、むせかえるような薔薇の芳香がするのかしら?
ドキドキ……
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