490 / 505

霧の浪漫旅行 27

「お兄ちゃん、ずっとここにいてね」 「もちろんだ。立ち寄ってくれてありがとう」 「また来るわ。そろそろ行かないと」 「あ……春子」 「なぁに?」  思わず呼び止めると、春子が可憐な笑みを浮かべて振り返ってくれた。    本当に綺麗になったな。   「……また立ち寄ってくれるか」 「もちろんよ!」 「良かった」  ワンピースが花弁のように舞って、春の妖精のようだった。  東北の片田舎ですり切れた着物を着て、ガビガビの頬を引きつらせていた春子はもういない。  春子という名の通り、きっと春の精のように可憐な女性となるだろう。  おれの妹。大切な妹の幸せを願っている。 ****  ふーん、お兄ちゃんってば、モテモテね。  執事服、似合っているわ。  はぁ~、まぁ、もともと綺麗な顔立ちに磨きがかかっていたしね。    でも鈍感よね。  さっきから女性の熱い視線を浴びまくっているのに、気付かないのかしら?  うーん、何故か妬いてしまうわ。  ずっとずっと頑張って苦労してきたお兄ちゃんには、身を委ねる相手が必要なのよ。  お兄ちゃんを守ってくれる人がいい!  だから……春子の大事なお兄ちゃんの相手は、同性のテツさんで良かった。  そんな風に思えるようになった自分が誇らしかった。 「あ……テツさんだ」    庭仕事に没頭しているテツさんの後ろ姿が、木々の間に見え隠れしている。    ふぅん、相変わらず逞しい身体ね。  もっともっとお兄ちゃんに夢中になってね。  やだ、私ってば、何を……言って?  その時、テツさんが突然振り向いたので驚いてしまったわ。 「やぁ、春子ちゃん」 「テ、テツさん、お久しぶりです」 「桂人に会いに来たのか」 「そうです。あとテツさんのことも」 「そうか……そうだ! 春子ちゃんに渡したいものがあるんだ」 「何かしら?」 「少し待っていてくれ」  ワクワク、ドキドキするわ。  暫くするとテツさんが、小瓶を片手に戻ってきた。 「これ、よかったら使ってくれ」 「?」 「冬郷家の薔薇の花弁を水蒸気蒸留器で蒸留させた、ローズウォーターだ」 「素敵!」  ほんのりピンクの液体に、うっとりするわ。 「あの、これ……何に使うのですか」 「無農薬で食用に育てた薔薇から作っているので、肌のケアだけでなく、飲むこともできるんだ。その……定期的に摂取すれば薔薇芳香成分が体内に取り込まれてるから、汗をかいた時に、皮膚から薔薇の芳香成分が放出されるようになる……」  テツさんが何故か顔を赤らめて言うので、私まで照れ臭くなってしまった。 「そ、そうなのね。私は化粧水として使うわ。ありがとう」  小瓶を抱えて、私は妄想した。  お兄ちゃんの肌、とてもしっとりして綺麗だったな。  汗をかいたら、あそこから薔薇の香りがするのね。  激しく汗をかいたら、むせかえるような薔薇の芳香がするのかしら?  ドキドキ……      

ともだちにシェアしよう!