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霧の浪漫旅行 28

 どこからか、香る薔薇の香り。  まだ冬なのに?  ぼんやりと目を覚ますと、僕は海里さんの腕の中にいた。 「あっ……」  瞬時に昨日、彼に抱かれたことを思い出し、照れ臭くなった。 「ん……柊一、もう起きたのか。疲れただろう? もう少し休め」 「はい」  途中で意識を失うように眠ってしまった気がする。  しかし身体はさっぱりとしている。  また海里さんに全てを委ねてしまったのか。 「いつもごめんなさい」 「何を謝る? 俺の生き甲斐だよ」 「生き甲斐って……恥ずかしいです」 「君はいつまでも初心で可愛いな」 「僕……いつまでも子供みたいで申し訳ないです」 「何を言って、そんな君が好きだよ」  チュッと額にキスをされて、ほわんとした心地になる。  あ、まただ。  海里さんが動くたびに薔薇の芳しい香りがする。 「あの、お部屋に薔薇が咲いているのですか」 「ん? あぁ……それはこれのせいさ」 「お水ですか?」 「飲むかい?」 「喉……乾きました」 「よし」  海里さんに抱き起こされて、彼の厚い胸板にもたれて水をコクリと飲んだ。 「あ、ほのかに薔薇の香りがします。このお水は…」 「ローズウォーターだ」 「素敵ですね」 「飲み続ければ、地肌から薔薇の香りが匂い立つそうだよ」 「そうなんですか。魔法みたいですね」 「あぁ、そうだな」  和やかな朝。  僕は体力がないので抱かれた翌日は、なかなか起きられない。身体が怠くて、ぼんやりしてしまうのだ。 「ごめんな、君に負担をかけて」 「とんでもないです。僕こそごめんなさい。もっと体力があれば、あなたを悦ばせて差し上げられるのに……」 「何を言って、俺は充分君を味わっているよ」  甘い朝。  今日も僕たちだけのおとぎ話が繰り広げられる。  この英国でも、僕たちはいつもの朝を迎えている。 「柊一に、本場のモーニングティーを淹れてあげよう」   **** 「アーサー、僕はお邪魔だろうか」 「お邪魔だと思うね」 「でも、温かい飲み物を届けたいな」 「海里が全部やっているよ。海里は万能だから」   そこまで言われて、納得した。 「そうだね、二人のお邪魔はよくないよね。僕は僕のアーサーにお紅茶を淹れるよ」    モーニングティーは愛する人と朝の挨拶。 「いや、今日は俺がするよ。瑠衣への『アーリーモーニングティー』だ」 「いいの?」 「もちろんだ。海里には負けられない」 「くすっ、アーサーと海里は本当にいい関係だね」 『アーリーモーニングティー』とは、もともとはメイドにベッドティーを運ばせるイギリスの優雅な習慣だ。最近では夫が妻にアーリーモーニングティーをサービスする風習として広まっている。  僕はベッドに引き戻されてしまった。 「さぁどうぞ」 「アーサー、ありがとう」 「どういたしまして」  アッシュブロンドの髪が朝日を受けて輝き、レースのカーテンの向こうにはイングリッシュガーデンが見えている。    二組のカップルが迎える朝は、とても優雅で幸せだ。 「今日は何をしよう?」 「君と柊一くんの好きなことをしよう」  ずっと何かを望むことなど許されなかった僕なのに…今は毎日が自由と希望に溢れている。 「美味しい紅茶だね」 「愛情をたっぷりと注いだからね」  お礼は甘いキスで。    

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