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霧の浪漫旅行 29

 俺の淹れた紅茶を素直に飲む柊一の姿は、いじらしくて、少し儚げで……ずっと傍にいてやりたいと願う存在だと、改めて強く意識した。  健康で長生きしたい。  柊一を独りにさせないためにも――  俺の方が年上なので、どうしても意識してしまう。 「あの、海里さん、今日は僕が朝食の支度をしてもいいですか」 「だが、身体は大丈夫なのか」 「はい、ぐっすり眠れましたし、このお紅茶で元気が出ました」 「そうか、本当に大丈夫なんだな?」 「くすっ、はい! あの……僕も一応男ですので」 「あぁ、悪い」  朗らかに柊一が笑うので、ここは委ねることにした。 「それから、海里さんの今日のお召し物……僕が決めても?」 「ん? いいよ」 「ではお待ちくださいね」    パジャマ姿の柊一が、トランクから俺の服を見繕ってくれる。 「海里さん、今日はこれを着て下さいね」 「ん? あぁいいね」  出されたのはPubに向かう途中に二人で購入したアーガイル柄のセーターだった。えんじ色にブラウンとベージュ系のチェックで、暖かみのある色合いが気に入っている。   「僕はこれを着ます」 「柊一とお揃いだな」 「はい!」  さっきから張り切っているようで、声が弾んでいるのが可愛いな。  君のは濃紺にグリーンと白のチェックだった。柊一らしいストイックな色合いだ。 「あの……これって……ペアルックと言うそうですね。日本ではなかなか難しいですが、ここでならいいですよね」 「もちろんさ」    コテージには簡単なキッチンが併設されており、冷蔵庫に一通りの食材も揃っていた。テーブルの上には、朝食をここでとることを前提としたように、お皿やマグカップなどがきちんと並んでいた。  全部、瑠衣とアーサーからの贈り物だ。  俺と柊一が水入らずで過ごせるように、計らってくれている。  ありがたいよ。  優しい弟と気の利く友人を持った事に、感謝しよう。  この、ままごとのような時間が愛おしい。  柊一は両親亡き後、メイドも次々にやめてしまい、家事を余儀なくされたので、一通りの調理は出来るのだ。今日は手伝いたい気持ちをぐっと我慢し、着替えを済まし、食卓で待つことにした。  お嫁さんみたいに、柊一が俺の朝食を作ってくれている。  その光景だけで、満たされる。 「どうぞ、あの……凝ったものは出来ませんでしたが」  目玉焼きは俺好みの半熟で、野菜スープも色味がよく美味しそうだ。 「紅茶も淹れますね」  食卓の上は、どこもかしこも柊一からの愛情で溢れている。  これは世界で一番幸せな朝食だ。  優しい愛情が詰まっている。  泣けてくるほど、嬉しかった。 「海里さん? あの……お気に召さないですか」 「とんでもないよ。幸せ過ぎてね」 「僕もです、海里さん、僕……海里さんとずっと一緒にいたいです」  柊一が甘く微笑む。  今日のこの時は、生涯忘れることのない大切な思い出となるだろう。  何も産み出さない俺たちだが……  沢山の時間を共有し、愛情を深めていこう。

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