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霧の浪漫旅行 32

 柊一がまるで宝物をしまうように、シャツのボタンを留めていく。  俺のつけた痕すらも、大切にしてくれる君が、愛おし過ぎるよ。  柊一は、俺が生涯をかけて愛する人だ。  しみじみと込み上げる気持ちに、感謝した。  柊一と出会うまで、どこか冷めた日々だった。  他人を心から信じられない……荒んだ心を持っていた。  だが今は違う。  柊一を心から信じ、尊敬し、大切に思っている。  こんな気持ちを抱けるなんて……君に感謝する日々だよ。   「あっ、海里さん、瑠衣とアーサーが庭にいますよ」 「どれ?」  あーあ、あんなにはしゃいで……本当に彼らも仲睦まじいな。  瑠衣が兎を抱えて、肩を揺らして笑っている。 『くすぐったいよ。ふふ、アーサーラビット、じっとして』 『瑠衣~ その名前よせ』 『なんで? そっくりだよ』    弟のあのような無邪気な笑顔は、滅多に拝めない。  アーサーが引きだしてくれているんだな。  いつも、いつも――  日本を離れて寂しくないか心配だったが、杞憂だったようだ。  会うたびに、瑠衣は朗らかになっていく。  すると、やんちゃそうな兎が瑠衣の腕をすり抜けて、こちらに向かって一目散に走って来た。 「海里さん、どうやらお客様のようですね」  柊一が目を輝かせてコテージの扉を開くと、ブラウンの兎が飛び込んで来た。 「わ!」  コテージ内を勝手知ったる様子で走り回るので、アーサーの化身かと思った。 「悪い、お邪魔したな」 「アーサー」 「海里、おはよう! っていうか、もう昼だぞ」 「分かっているさ、ゆっくりしていたんだ。ありがとう。お陰で寛げたよ」 「よかった」  続いて瑠衣も入ってくる。 「海里、柊一さん、よく眠れましたか」 「瑠衣、おはよう! そうだ、瑠衣、僕の作った野菜スープを飲まない?」  柊一からの誘いに、瑠衣が目を丸くする。 「柊一さんが作られたのですか」 「うん。味見して欲しいな」 「嬉しいです。ご馳走になっても?」 「じゃあ、このままここでランチにしょう」 「いいな」  アーサーが厨房に連絡すると、年配のメイドが焼き立てパンを沢山持ってきてくれた。 「マーサ、ありがとう」 「瑠衣、あんたのお兄ちゃんはハンサムだねぇ」

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