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霧の浪漫旅行 33

 暖炉の炎が顔に当たると、身体がポカポカしてきた。 「柊一読んでくれ」 「あ、はい……」  僕と海里さんは寄り添うように本を開いた。 ……   峠を越えて――   Williamは勇敢な守護者で、Lucaは光。 これは出来損ないの僕が、生まれ変わった日の物語。 誰も知らない、僕たちだけの神話だ。 *** 「ルカ! 大丈夫か」 「ウィリアムさん、お願いです。少し待って下さい」 屋敷を追放された僕は、痛む身体を庇い、足を引き摺りながら峠を越えていた。ボロボロに痛めつけられ辛かったが、心は解放感で一杯だった…… ……  切ない始まり、切ない展開、切ない別れ。  押し寄せる悲しみのシーン。  その連続に、胸を打たれる。 「これは酷い……これは切ないね」 「はい、ですが、この後、光が差し込みます」 「光か」 …… 僕は誰だ? そうだ……ようやく思い出した。 僕は光―― 地上に差し込んだ光だったのだ。 ……  あぁ、僕はこのシーンが大好きだ。    この本を抱きしめながら、思い出していた。  あの日、病院の屋上から身投げしようとした僕を掬い上げてくれた逞しい腕を。 「海里さんが僕の光です。僕はあの日からずっと海里さんに守られています」  自然と出てくる感謝の言葉。  伝えたい想い。 「柊一こそ、俺の光だ」 「愛しい人とは、互いに互いが光のような存在なのかもしれませんね」      パチパチと燃える炎に、僕の恋心を重ねた。 「僕の恋心は、ずっと静かに燃えています」 「柊一の愛の表現は、おとぎ話仕込みだから、グッとくるよ」  海里さんに肩を抱かれる。  僕は素直に彼に寄り添う。  肩に頭をコトンともたれたせて、身を預ける。  僕が僕を預けられる人です。  あなたは―― **** 「瑠衣、よそ見していると怪我するぞ」 「あ、ごめん」  瑠衣は、野菜を洗いながら、暖炉の前で寄り添う二人を見つめていた。   「二人は何の本を読んでいるのかな?」 「柊一さんが図書館で見つけた『峠を越えて』という本だよ。君は読んだことある?」 「いや初耳だよ」 「さっきマーケットの古本屋で偶然見つけて……そんなに大量生産された本ではないようだったけれども、素敵な話だったんだ」 「どんな話だ?」 「……同性愛が認められず、罰せられ……駆け落ちしてしまった……二人の恋の行方を描いているんだよ」  どこかで聞いたような話だな。どこだったか…… 「珍しいな。この時代に同性愛を描くなんて」 「そうだよね」 「よし、出来たぞ」  バケットに焼いたハムとチーズ、瑠衣が洗ってくれた野菜をサンドする。  それを沢山作って大皿に並べた。 「美味しそう!」 「暖炉の前で食べよう」 「え? いいの?」 「いいのさ、ピクニックだからな」  暖炉の前にピクニックマットを引いて、サンドイッチとマグカップにいれた紅茶を並べた。 「わぁ、まるでピクニック会場のようですね」 「外は寒いから、中でしよう」 「寒いから出来ないのではないのですね。ちゃんと道があるのですね」  柊一くんが嬉しそうに笑ってくれた。 「そうだ。道は一つじゃない。目指す場所へ辿り着くための道は……」  あの頃、俺と瑠衣の目指す場所は一つだった。  そこに向かって、日本からは瑠衣が、英国では俺が歩み寄ったのだ。  そしてこの先は……  格言にあるように、 『愛とはお互いをただ見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである』    今の俺たちはすぐ横に愛しい人がいる。  だから、未来を見つめて一緒に進んでいこう。  幸せな未来を思い描いて――  それは海里と柊一くんにも言えることだ。     あとがき (不要な方はスルー) **** 「峠を越えて」全文は同人誌『幸せな贈りもの2 ランドマーク』に書き下ろしSSとして収録しています。読まなくてもイメージが掴めるように、こちらでは書いていきますね。

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