497 / 505
霧の浪漫旅行 34
暖炉の前で、四人で寛いだ。
足をマットに投げ出し、手掴みでサンドイッチを頬張る。
マグカップで、紅茶を気軽に飲む。
礼儀正しいマナーは、今日は必要ない。
「こんな時間を持てるなんて……夢のようです」
「そうだな」
柊一くんと海里が顔を見合わせて、頬笑み合っている。
瑠衣もその様子を、心から嬉しそうに見つめている。
「……俺の瑠衣だ」
「え?」
「あぁいや……何でもない」
つい我が儘を言ってしまう。
瑠衣を独り占めしているくせに、俺は心が狭いな。
「ふっ、アーサー 僕たちも手を繋ごうか」
そっと瑠衣が手を伸ばし、ピクニックマットについた手の上に、手を重ねてくれる。
瑠衣の真心が届く。
優しい風が吹く。
「そういえば、柊一くんは、さっき何の本を読んでいたんだ?」
「アーサーさん、この本です」
柊一くんが見せてくれた本には 『|Turn the corner《峠を越えて》』と書かれていた。
「この本は知らないな。中を読んでも?」
「もちろんです」
導かれるように本を開いて、俺は衝撃を受けた。
ここだ!
……
そこにお屋敷のお嬢様が、ネグリジェ姿のまま泣きながら駆け寄ってきた。彼女は自分の密告のせいだと己を責めていたが、それは違う。慰める言葉を知らない僕の代わりに、彼が応対してくれた。
「君のことは、妹みたいに可愛らしく思っていたよ。ねぇどうか落ち着いて……」
……
似ていないか。
似すぎている! まさか、こんなことが現実にあるなんて……
「この本、少し借りてもいいか」
「もちろんです」
「アーサー? どうしたの?」
「おばあさまに見せてくる!」
****
「おばあ様! おばあ様!」
「まぁアーサー、どうしたの? 落ち着いて」
「こ、この本を読んで下さい!」
「なぁに?」
おばあ様は不思議そうな顔をして、受け取ってくれた。
「この本の内容……おばあさまから伝え聞いた話とそっくりなんです」
「伝え聞いたって……もしかして……若かりし頃の……私の後悔……懺悔の話?」
「そうです! とにかく目を背けず、最後まで読んで下さい」
おばあ様は眼鏡を取り出して、ソファに座って頁を捲った。
最初は辛そうな顔で読んでいたが、途中から静かな涙が頬を伝った。
今、物語から差し込む『希望の光』を浴びているのだ。
「あ、あぁ……なんてことなの。これは……ハッピーエンドなのね」
「そうです! そうだったのです」
「こんな結末、知らなかったわ。この本はどうしたの? あなたが見つけたの」
「日本からの客人……柊一くんが図書館で偶然見つけたらしいです」
「今すぐ会いたいわ! 今すぐお礼を言いたいわ」
おばあ様の頬が、紅潮している。
「でもAfternoon Teaに招待するのでは?」
「待ちきれないわ!」
おばあ様が少女のように小走りしだしたので、慌ててエスコートした。
「こちらです! 俺たちのピクニック会場に招待致します!」
ともだちにシェアしよう!