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霧の浪漫旅行 36
アーサーのおばあ様に、正式なAfternoon Tea Partyに招待されたので、俺たちはスーツに着替えた。
「海里さん、スーツ、お似合いですね」
「柊一もよく似合っているよ」
「あっ」
彼の項を指先で撫でてやると、桜のように頬を染めてくれる。
「血色が良くなったな」
「も、もう」
そのまま柊一をエスコートして、マナーハウスへ向かった。
しかし見渡す限り、重厚な建物だ。
俺の実家と柊一の実家と、同じ匂いがする。
ここも……長い歴史を背負った家だ。
「奥さま、お招きありがとうございます。本当に心落ち着くマナーハウスですね」
「嬉しいわ。さぁどうぞ、召し上がれ。グレイ家秘伝のアールグレイティーよ」
「スモーキーな中にも華やぎを感じる良い香りですね」
柊一が背筋をすっと伸ばし、たおやかに微笑んだ。
流暢に英語を使いこなし悠然と構える様子に、流石冬郷家の当主だと感心するよ。
「柊一さん、改めて、あの本を見つけて下さってありがとう。どうやって見つけたの? 図書館には山のような本があったでしょうに」
「それは……光……光が差していました」
「光?」
「はい……図書館の奥深く、とても薄暗い場所にいたんです。暗すぎて何の本が置いてあるのか分からないので戻ろうとしたら、瑠衣が入って来ました。瑠衣が一筋の光を背負って来てくれたのです。するとその真っ直ぐな光が、この本を照らしたのです」
そんなことがあったのか。
それはまるで……
「おとぎ話のようね」
「えぇ、だからこの本を手に取って、明るい場所に移動して読んでみたら……その……驚きました」
「どうして?」
「……同性同士の恋の物語でしたし、最初はとんでもない悲恋で終わるのかと悲しくなり、胸を掻きむしりたくなるほど切なかったのに……滑落したその先の展開に感動しました」
「私もよ。瑠衣と柊一さんは、私の『心の恩人』よ」
心の恩人。
この貴婦人の言葉は、慈愛に満ちている。
彼女にとって辛い過去だったろうが、その経験が、この慈悲深い女性を作っているのだと思うと、素晴らしいと思った。
アーサーの心の優しさ。
アーサーの懐の深さ。
この祖母の影響が強いのだと思った。
国籍も違う瑠衣を認め、大切な孫、アーサーとの恋愛を尊重してくれるのが心強い。
「おばあ様、瑠衣の兄として……お願いが」
「何かしら?」
「どうぞ末永く宜しくお願いします。瑠衣は、俺の大切な弟です」
瑠衣が目を見開いて驚く。
「海里……」
「瑠衣、良かったな。英国での瑠衣の穏やかな生活を見ることが出来て安心したよ」
「……に、兄さん、ありがとう」
滅多に言わない『兄さん』という台詞に、胸が詰まる。
屋根裏部屋で鼠のような生活をしていたあの小さな男の子は、もういない。
ここにいるのは、ノーブルな気品溢れる青年だ。
重厚なマナーハウスに馴染む、美しい貴公子になった瑠衣。
「瑠衣……幸せに暮らしているんだな。ここで」
「海里さん、僕も同じ気持ちです。瑠衣が幸せそうで泣けてしまいます」
柊一の目の端にも、キラリと光る雫が輝いていた。
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