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霧の浪漫旅行 37
「どうぞ末永く宜しくお願いします。瑠衣は、俺の大切な弟です」
海里……?
海里が、深々とおばあ様に頭を下げていた。
その姿にハッとした。
海里は昔から変わらない。
僕を屋根裏部屋から救いだしてくれた時から。
海里は光を背負って、ある日突然現れた。
僕はあの日初めて、希望を知った。
光を受け止めた。
「海里さん、頭を上げて」
「……はい」
「瑠衣はね、もう……私の孫同然だと思っているわ。大切なのよ。もう瑠衣がいない世界なんて考えられない程、可愛いのよ」
「ありがとうございます」
嬉しくて、有り難くて、嬉し過ぎて。
言葉が出ない僕の代わりに、海里が恭しくおばあさまの手の甲にキスをした。
忠誠と信頼。
英国仕込みの海里の優美な仕草が、おばあ様の表情をうっとりさせる。
「まぁ、あなたは本当に王子さまのような人ね」
「いえ、そんな」
「守りたい人がいると、人は変わる。その言葉を思い出すわ」
「ありがとうございます」
おばあ様が、僕を呼ぶ。
「瑠衣、いらっしゃい」
「はい……おばあ様」
「あなたは幸せね。いいお兄様がいるのね」
「はい、海里は僕の大切な兄です」
公の場で……海里が兄だと、僕からはっきりと明言出来るなんて。
僕は妾腹で、海里は後妻の息子。
そんなことを、いつまでも気にして。
海里はとっくに垣根を越えてくれていたのに。
「瑠衣、嬉しいよ。兄と呼んでくれるのか」
「あぁ、海里は僕の兄さんだ」
僕と海里が涙を浮かべながら肩を抱き合う様子を、柊一さんとアーサー、おばあ様が目を細めて見守ってくれた。
「素直な気持ちになれば、世の中はシンプルね」
「はい! 本当に……」
人は皆、色々なものを背負って生きている。
人は『心』を持って生きている。
心を満たし豊かにしていけば、背負っているものも軽くなる。
「さぁ、あとはお若い人達で楽しみなさい。英国を満喫していってね。そして何度でもいらっしゃい!」
****
アーサーさんのおばあ様の言葉に、ハッとした。
そうだ、一度きりなどと決めつけない方がいい。
これから何度でもチャンスは巡ってくるのだ。
「海里さん」
「柊一」
「アーサー」
「瑠衣」
僕らは互いのパートナーの名を、呼び合った。
「俺たち、また集おうじゃないか」
「そうだな、まだまだこれからだ」
本当にその通りだ。
「はい、そうですね。僕もまた英国に来たいと思います」
瑠衣も続いてくれる。
「柊一さん、僕もまた日本に行きます」
「瑠衣、ぜひ、そうして欲しい」
英国と日本。
今はまだ気軽に行き来出来ない距離だが、きっとこの先の未来では、もっと便利になるだろう。
もっと同性の恋愛も、もっと自由になるだろう。
「あの、僕たちで共同の会社を立ち上げませんか」
僕の一言に皆、驚く。
「僕は帰国したら、冬郷家の当主として事業計画を練ります」
「柊一、一体何をするつもりだ?」
「これです」
ティーカップを持ち上げて、僕は微笑んだ。
「一杯の紅茶の幸せを、日本でも広めたいのです」
「紅茶の輸入か」
「紅茶の輸出か」
「はい! 僕たち四人だから出来ることだと思いません?」
「参ったな。柊一、君はなかなかのやり手だ」
『Tea for Two』
英国の紅茶や雑貨を、日本でも取り扱いたい。
グレイ家の紅茶は、逸品だ。
それに瑠衣とアーサさんの世界、雪也の世界を深く知るきっかけになる。
「海里さん、そうしてもよろしいですか」
「もちろんだよ。俺の腕の中にいる柊一も冬郷家の当主として毅然立ち向かう柊一、どちらも最高だ」
海里さんが僕を抱きしめてくれる。
「あ、あの」
「柊一も羽ばたけ。俺も一緒だから安心しろ」
「はい!」
こんな大胆なことを思いついたのも、自信を持てるのも、全部海里さんが傍にいて下さるから。
英国に来て良かった。
眠っていた記憶と自信が蘇ってくる。
僕にもすべきことがある。
それが嬉しくて溜らない。
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