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霧の浪漫旅行 39

 ノーサンプトンシャーでの数日は、夢のような時間だった。  柊一は眠っていた才覚を存分に発揮し、グレイ家の英国紅茶輸入の実現に向けて奔走していた。 「柊一、充実した表情だな」 「はい! 海里さん、やりたいことをようやく見つけたようです」 「よかったな。俺もサポートするから、頑張れ!」  柊一の経営手腕は、なかなかのものだった。  早速、ホテルオーヤマの兄に電報や国際電話で積極的にやりとりし、試作品第一号まで完成させてしまったのだから、驚いた。 「デザインはまだ仮ですが、このようなイメージで、いかがでしょうか」 「驚いたな、君には絵心もあるんだな」 「ありがとうございます。小さい頃、絵を描くのが好きだったのを思い出しました」 「良かったな」 「海里さん……あなたのお陰です」  柊一が自分から俺に歩み寄って、抱きついてくれた。 「どうした?」 「海里さんの翼の乗り心地が良すぎて……僕は本当に心から打ち込めています」 「そうか、君が俺の翼に安心して乗ってくれているのが分かるから、嬉しいよ」  柊一からの積極的な接吻。  首筋から仄かに香るのは『マリンクルーズ』の香りだった。  トップはジューシーなレモンやライム、グレープフルーツなどのシトラスに、スペアミントを添えたフレッシュテイスト。ミドルは、透明感のあるフローラルノートで、穏やかな白薔薇とジャスミンの香りがダンスをしているような華やぎを感じた。 「ん? 今日は俺があげたオーデコロンをつけてくれたのか」 「はい、海里さんと一緒にいるようです」  これは、日本を出発する前にテツに依頼したものだった。 「ならば、二人の香りを合わせよう」  ラストはウッディムスクにはスモーキーなアクセントを加え、セクシーだ。 「あの、では……もっと海里さんに触れても?」 「いいよ。今日は積極的だね」 「いけませんか」 「当たり前だが……君も男なんだな」 「……はい」  どうやら仕事に没頭しているうちに、柊一の中に眠っていた男らしさが目覚めたようだ。慎ましく清純な柊一の新たな一面を、この旅行で垣間見ることが出来るなんて幸せなことだ。  柊一からのキスには、いつもより熱が籠もっていた。  求められている。  柊一に注ぐ愛と同じ量の愛を注がれて、感極まってしまった。  『fifty-fifty』  俺たちの間には、優劣はない。  求め求められ、愛し愛され生きていく。 「あの……Earl Greyのお紅茶の他に、もう一つ、僕たちのオリジナルの紅茶も作りたいですね。今日はそのブレンドをしてみませんか」 「いいね、海里と柊一のオリジナルブレンドの名前は……『fifty-fifty』は、どうだ?」 「素晴らしいです! 海里さんは流石です。僕の王子様……」  柊一の笑顔が弾ける。  柊一の夢が、今日もまた一つ叶う。  

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