502 / 505

霧の浪漫旅行 40

 気が付けば、ノーサンプトンシャーで過ごす最終日となり、俺たちの帰国も明日に迫っていた。 「柊一、そろそろだな」 「はい、明日の朝には飛行機の中ですね」 「あっという間だったな……名残惜しいよ」 「僕も同じ気持ちです。最後まで楽しみましょう」 「そうだな」  そもそも旅の目的は、アーサーと瑠衣が立ち上げた新会社の設立パーティーに参加することで、旅の最初ではなく、最後にそのイベントが控えていた。  俺と柊一はタキシードを着て、それぞれの香りをシュッと身に纏った。 「香水、テツに作ってもらって正解だな」 「本当によい香りです。けっして主張しすぎず、その人が持っている匂いに調和して、気持ちを高めてくれるものですね」 「二つの香りが混ざり合うと、更によい香りになるなんて粋だな。テツがは朴訥なヤツなのに」  柊一が少し恥ずかしそうに微笑む。 「テツさんの遊び心には敬服しています。あの……海里さんと僕の香りが混ざる瞬間……とても好きです」  柊一にしては精一杯のアピールか。 「ふっ、おいで」 「……はい」  柊一の顎を掴んで、キスを一つ。  染まる耳朶を指先で擦れば、ほのかに立ち上がるのは、芳しい香り。  俺のと混ざると、官能の世界への扉が開かれる。  夢の世界に誘ってくれる。 「海里、柊一さん、入るよ? もう支度は出来た?」  そこに瑠衣が入ってきた。  その瞬間、柊一は頬を染めたまま、弾けるように俺から離れた。 「柊一さん? 顔が赤いね……まさか疲れが出て熱でも?」  瑠衣が柊一のおでこに迷い無く触れたので、おいおい野暮だなと文句を言いたくもなった。 「あっ……」  だが、その前に瑠衣が顔を赤くして、やはり弾けるように部屋から出て行ってしまった。  一体なんだ?   **** 「瑠衣、どこだ? そろそろ出発の時刻だぞ」 「アーサー!」  タキシード姿の瑠衣が、息を切らせて部屋に飛び込んで来た。  一体、何処に行っていた? 「瑠衣、顔が赤いよ。一体どうした?」 「その……二人の香りにあてられたみたい」   ドクン!  仄かに瑠衣から香る官能的な香りにドキっとした。 「おい? この香りは?」 「柊一さまの移り香だろう」 「調合をしたのは誰だ?」    ロンドンへ向かう車中の個室。  俺と瑠衣は悶々とした気持ちを抑えるのに、必死だった。 「じゃあこの香りは、冬郷家の庭師、テツさんの調合なのか、すごいな」 「あいつは精油を自分で作れるし、桂人と付き合うようになって妙な色気が備わってな」 「それ、いいな! 是非、彼を紹介して欲しい」 「ん? どういう意味だ」 「あぁ悪い。今日のパーティーの趣旨を説明してなかったな」 「そういえば、ふたりで立ち上げる事業って何だ?」 「スキンケアブランドさ。『RーGray』というブランド名の……」  柊一くんが、パッと目を輝かせる。 「素敵です!『R』はRuiですね」 「鋭いな。君が名付けた冬愛舎みたいなものさ」 「とても魅力的なブランド名ですね」 「そう思うか。やっぱり柊一くんには経営手腕があるな」 「楽しいです。アイデアを出すのは」  彼は水を得た魚のように、輝いている。  人はそれぞれだ。  自分を発揮出来る場所は、必ずどこかにある。  それを見つけられた人は、瞬く星のような人生を送るだろう。 「あの……そのスキンケアブランドは無香料なんですか」 「今のところね」 「香りをつけると、癒やし効果が増すと思います。例えば……柑橘系の精油にアールグレイティーの香りなど」 「それ、いいな!」  四人が集まれば、会話に花が咲く。  積極的な意見も、深い同意も、新たな提案も……  全て受け入れ合っていく。  最強のメンバーが、今、ここに誕生した。  

ともだちにシェアしよう!