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霧の浪漫旅行 40
気が付けば、ノーサンプトンシャーで過ごす最終日となり、俺たちの帰国も明日に迫っていた。
「柊一、そろそろだな」
「はい、明日の朝には飛行機の中ですね」
「あっという間だったな……名残惜しいよ」
「僕も同じ気持ちです。最後まで楽しみましょう」
「そうだな」
そもそも旅の目的は、アーサーと瑠衣が立ち上げた新会社の設立パーティーに参加することで、旅の最初ではなく、最後にそのイベントが控えていた。
俺と柊一はタキシードを着て、それぞれの香りをシュッと身に纏った。
「香水、テツに作ってもらって正解だな」
「本当によい香りです。けっして主張しすぎず、その人が持っている匂いに調和して、気持ちを高めてくれるものですね」
「二つの香りが混ざり合うと、更によい香りになるなんて粋だな。テツがは朴訥なヤツなのに」
柊一が少し恥ずかしそうに微笑む。
「テツさんの遊び心には敬服しています。あの……海里さんと僕の香りが混ざる瞬間……とても好きです」
柊一にしては精一杯のアピールか。
「ふっ、おいで」
「……はい」
柊一の顎を掴んで、キスを一つ。
染まる耳朶を指先で擦れば、ほのかに立ち上がるのは、芳しい香り。
俺のと混ざると、官能の世界への扉が開かれる。
夢の世界に誘ってくれる。
「海里、柊一さん、入るよ? もう支度は出来た?」
そこに瑠衣が入ってきた。
その瞬間、柊一は頬を染めたまま、弾けるように俺から離れた。
「柊一さん? 顔が赤いね……まさか疲れが出て熱でも?」
瑠衣が柊一のおでこに迷い無く触れたので、おいおい野暮だなと文句を言いたくもなった。
「あっ……」
だが、その前に瑠衣が顔を赤くして、やはり弾けるように部屋から出て行ってしまった。
一体なんだ?
****
「瑠衣、どこだ? そろそろ出発の時刻だぞ」
「アーサー!」
タキシード姿の瑠衣が、息を切らせて部屋に飛び込んで来た。
一体、何処に行っていた?
「瑠衣、顔が赤いよ。一体どうした?」
「その……二人の香りにあてられたみたい」
ドクン!
仄かに瑠衣から香る官能的な香りにドキっとした。
「おい? この香りは?」
「柊一さまの移り香だろう」
「調合をしたのは誰だ?」
ロンドンへ向かう車中の個室。
俺と瑠衣は悶々とした気持ちを抑えるのに、必死だった。
「じゃあこの香りは、冬郷家の庭師、テツさんの調合なのか、すごいな」
「あいつは精油を自分で作れるし、桂人と付き合うようになって妙な色気が備わってな」
「それ、いいな! 是非、彼を紹介して欲しい」
「ん? どういう意味だ」
「あぁ悪い。今日のパーティーの趣旨を説明してなかったな」
「そういえば、ふたりで立ち上げる事業って何だ?」
「スキンケアブランドさ。『RーGray』というブランド名の……」
柊一くんが、パッと目を輝かせる。
「素敵です!『R』はRuiですね」
「鋭いな。君が名付けた冬愛舎みたいなものさ」
「とても魅力的なブランド名ですね」
「そう思うか。やっぱり柊一くんには経営手腕があるな」
「楽しいです。アイデアを出すのは」
彼は水を得た魚のように、輝いている。
人はそれぞれだ。
自分を発揮出来る場所は、必ずどこかにある。
それを見つけられた人は、瞬く星のような人生を送るだろう。
「あの……そのスキンケアブランドは無香料なんですか」
「今のところね」
「香りをつけると、癒やし効果が増すと思います。例えば……柑橘系の精油にアールグレイティーの香りなど」
「それ、いいな!」
四人が集まれば、会話に花が咲く。
積極的な意見も、深い同意も、新たな提案も……
全て受け入れ合っていく。
最強のメンバーが、今、ここに誕生した。
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