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第3話
「私が持っているとても大切なものを、ある人に届けてほしいの」
「大切なもの……?」
「そう。あなたにしか、お願いできない。どうか引き受けてくれませんか」
とても切実な、少女の声音。
なんだかよくわからないが、今わの際の言葉だとわかるだけに、無下にはできない。とにかく安心させてやらなくてはと思い、圭は頷いて言った。
「……わかった。俺が必ず届ける。約束するよ」
「本当に?」
「ああ。でもきみの怪我も心配だ。死ぬなんて言わないで、お父さんかお母さんか、身内の人に連絡を……」
「もうこの時代だと亡くなっていると思う。私、たぶんあなたよりずっと年上だから」
「……?」
少女の見た目はせいぜい十一、二歳くらいだ。譫妄状態でそんなことを言っているのだろうか。
「でも、私を心配してくれてありがとう。どうか、あとはお願いします……」
少女がそう言うや否や、二人を包んでいる光がグンと強くなった。
「護りの光」と、少女は言っていた。
不思議と心が落ち着くその光が視界に優しく満ちると、少女のお腹の辺りが水色に輝いて、衣服越しに何かの模様が浮かび上がってきた。わけもわからず凝視していると、少女の衣服のお腹の部分が、高温で蒸発したようになり――――。
「……!」
少女のお腹に不思議な淡い水色の模様が覗いたと思ったら、いきなりそこが破れて銀色に光る球が出てきたから、ヒッと悲鳴を上げそうになる。
直径五センチほどの銀色の球は、それ自体が光っていて、微かに脈打っているようにも見える。仰天して声も出せない圭の目の前にすっと浮かび、それからヒュンと音を立てて視界から消えた。
どこへ飛んでいったのかと、きょろきょろと見回した、そのとき。
「……うぐっ、ああああっ!」
下腹部に強烈な痛みを覚え、圭は絶叫した。慌てて見下ろすと、圭の警備員の制服と中のTシャツに大きな穴があき、銀色の球が腹に沈み込んでいくのが見えた。
「あ、ああっ、なんだ、これっ!」
腹の底に感じるゾッとするような異物感。
何ものかに体を侵食されているのを実感して、気が変になりそうだ。焦って手で取り出そうとしたが、なぜだか触れることもつかむこともできない。
球が沈みきると痛みも消え、まるで何事もなかったかのようにまた皮膚が再生し、表面に少女のお腹にあったのと同じ模様が浮かび上がってきた。
だがその色は紫で、何やら毒々しい。違和感と恐怖とで脂汗が浮かんでくるのを感じていると、少女がふう、と深く息を吐いて言った。
「ああ、あなたは大人の体をしているから、すぐにそんな色になってしまうのね。なるべく早くマルーシャに出会えるように、凄く近くに飛ばしてあげないと」
「っ? 飛ばす、って……? きみは、何、を……」
「私はユタというの。それで、それはね、竜の卵なの。向こうの世界では、とてもとても、大切なものなのよ」
少女――ユタが言って、コホッと小さく咳き込む。
その形のいい口唇が微かに血で濡れ、目から光が失われ始めたから、死が近づいているのだとハッとした。まるで今までは卵が彼女の生命を維持していて、それを亡くしたから命が尽きようとしているかのようだ。
「……レシディア、という名前の世界なの。竜の力が失われたら、世界は滅んでしまう。なのに、権力の道具にしている者たちがいる」
「……?」
「だから私、思わず持って逃げてしまったのだけど、追いかけられて、こんなことに……。でもよかった、あなたがいてくれて」
有無を言わせず腹に異物を入れられて、わけもわからないまま悶えているのだ。
こちらからしたらちっともよくはない状況だが、ユタの真剣なまなざしと腹に感じる「竜の卵」とやらの重みが、どうやらこれは現実に起こっていることであるようだと圭に告げている。
でも、こんなものを預けられて異世界に届けてくれと言われても、どうしたら。
「……月が、出てきた」
「え……」
「今夜は『赤い月の夜』なの。レシディアへの扉が、開く日」
ユタが言って、苦しげにこちらに手を伸ばす。
思わずその手を包むように握ると、ユタが頷いて言った。
「『マルーシャ』という男の竜人よ。彼を見つけて、彼にだけ卵のことを話して。ほかの誰にも知られず、奪われることもないように」
「ユ、ユタ、でも、俺は……!」
「これをお腹から出して、『白い月の夜明け』が来れば、またこっちへ帰ってこられる。だから――――」
そう言うユタの声が徐々に遠のき、自分の体の周りが赤いキラキラした光で覆われたと思ったら、視界から目の前のものがすべて消えた。
代わりにとても大きな赤い月が、海の向こうから上ってくるのが見えて――――。
「う、わ……、うわぁああ……!」
今まで経験したことのない感覚に、叫び声を上げた。
温かくも冷たくもない空間。上下も重力の感覚も一瞬で消え去って、体が月に向かって「落ちて」いく。そのさなか、圭の体を包んでいた「護りの光」がすうっと消え、不思議な寂しさで涙が出そうになった。
ユタが、息絶えたのだ。
どうしてか、確かにそう感じた。胸が哀しみでいっぱいになるのを感じながら、圭は赤い月へと落下していった。
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