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第1部 3
「今回はこちらにも非があったということで、不問にさせて頂きます。しかし今後はこのようなことがないように、しっかりとした指導をお願い致します」
舞子共々お叱りを受けて、会社を後にした時にはすっかり日が暮れていた。
「舞子さん、すみませんでした。俺……」
「佳人くん!」
声をかけて振り向いた舞子に、両手を強く握られる。
「佳人くんが謝ることなんて、何一つないのよ! 佳人くんが殴ってなきゃ、私が殴ってたよ!」
怒られる、と身構えていたのに、予想外の言葉が飛んできて佳人は呆然とした。舞子は丸い顔をカッカッと赤くしながら怒っている。
「あんなの絶対に言っていい言葉じゃない。あれは差別よ。だから佳人くんは怒って当然なの。殴られるような酷い事を、あの人は言ったのよ!」
ぎゅっと、佳人は舞子に抱き締められた。狼狽る佳人の耳許で、舞子が鼻をすする音がした。
「どうして……どうしてあんな酷いことが言えるのっ。自分の番に対して、どうしてあんな……っ。あんな汚い言葉で、罵ることができるの……⁉︎」
……俺にΩの──〝セックス狂い〟の知り合いがいるわけないでしょう?
脳内で東の言葉が蘇る。
確かにあれは、酷い言葉だ。耳を塞ぎたくなるし、もう思い出したくもない。思い出すたびに佳人の心を傷つける。
その傷をこうして一緒に労ってくれる舞子の優しさが、堪らなく嬉しい。
(でもね、舞子さん)
しくしくと泣く舞子を抱き締めながら、佳人は心の中で呟いた。
(俺も昔、東に酷い事をしたんです。これはその天罰かもしれないんです)
それを舞子に言う勇気は、どうしても出なかった。
会社の入り口付近にある椅子に座って、佳人は東が出てくるのを待った。定時を回って3時間経っても、東は出てこなかった。大方、今日の事件があったせいで業務が溜まっているのだろう。
23時を過ぎた頃、ようやく東がエントランスに姿を現した。
立ち上がると、東も佳人の姿を見つけたようで目が合う。佳人に殴られた頬はまだ赤く腫れていた。
「東」
呼び声を無視して、東はさっさと立ち去ろうとする。昼間と変わらない態度に、佳人はムッとして追いかけた。
羽織っていたコートの背中を掴むと、今度は振り払われることはなかった。東はゆっくりと振り向く。
「……なにか用か」
「用かって……お前なあ」
突然いなくなって、8年間音信不通だったのに用がないわけないだろう、と呆れた気持ちになった。
「お前、今までどこで何してたんだよ」
「それ、お前に何か関係あるのか?」
素っ気ない一言に、再び頭に血が昇る。
「あるに決まってんだろ! 俺とお前は……番同士なのに」
それ以前に親友同士だったのに、と苦しくなった。親友が親友の安否を心配するのは当然のことじゃないのか、と。
必死になる佳人に反して、東は何も感じてなさそうな無表情のままだ。
「あれは成り行きだろう。同意じゃなかった」
「そ、そうだけど、でも番なのに変わりはないだろ」
「俺はお前との番関係に納得していない。現に、俺は今付き合ってる人がいて、来年には結婚する予定だ」
佳人は言葉の意味が理解できなかった。
付き合ってる人。結婚。
予想もしていなかった言葉が心に重くのしかかってくる。
「え、じゃ、じゃあ……俺はどうなんの……? 番関係は解消ってこと……?」
αは一方的に、Ωと番を解消することができる。しかし番を解消されたΩは非常に強い精神的ストレスを負い、その後番を持つことはできなくなる。それにも関わらず、全てのαに効くフェロモンが再発するため、Ωは一生番を持つことができないまま、発情期を抱えて生きていかなければならない。
そんな人生、考えただけでもゾッとする。
「いや、相手はαの女性だから、解消する必要はない。相手も番がいたままでいいって言ってくれてる」
東の声は至って冷静だ。佳人を置いて、淡々と話し続ける。
「だがお前とセックスすることはできない。その代わり、全面的な金銭援助をする。抑制剤代はこちらで負担するし、もし生活が困難なら、生活費もすべて負担しよう」
東はそう言うと、鞄から財布を取り出した。
(この男は、何を言ってるんだ……?)
さっきから自分が何を言われているのか分からない。
東は財布の中から1枚のカードを取り出して、佳人に差し出した。そのカードは夜の暗闇の中でも黒々と鈍く光っていた。
「好きに使っていい。部屋でも家でも車でも、好きに買えばいい」
一気に血が頭に昇って、佳人は東の手を叩きつけた。静かに黒いカードが地面に落ちる。
「ふざけんなっ」
酷い侮辱だ。心を土足で乱暴に踏みつけられたような感覚に、吐きそうになる。
「お前は俺に、お前に飼われろっていうのかよ⁉︎」
そんな関係はもう番でも親友でもなんでもない。
「それが俺にできる最良のことだ」
なんの罪悪感もないような表情に、佳人は絶句した。
(誰だよ、こいつは)
目の前にいる人は、本当に東なんだろうか。
小さい頃からの幼馴染で、親友で、正義のヒーローみたいだった東。
この人は顔が似ているだけで、全くの別人なんじゃないのか。
(違う。俺のせいだ)
自分が変えてしまったんだ。他でもない自分が。
あの日、自分が東を襲いさえしなければ。自分が東は無実だと、ちゃんと主張できていたら。
あの日から8年。何千回とした後悔が、吐き気を伴って蘇ってくる。
(これが俺への罰かよ)
幼馴染で親友だった東はもういないのだと、急速に理解した。
(俺が殺してしまった)
つん、と鼻の奥が痛むような気がして必死に誤魔化した。悲しむ資格が自分にないということなど、苦しいくらい理解している。
それでも溢れ出した気持ちが、唇を突いて出た。
「俺たち、親友じゃなかったのかよ……っ」
次の瞬間、佳人は東の両手に肩を鷲掴みにされていた。
「──お前がそれを言うのかよッ!」
東の怒号に、歩道に植えられた木々が揺れた。
東に肩を掴まれたまま、激しく揺さぶられる。
「お前が最初に裏切ったんじゃねえか! 他でもない! お前が!」
人気のない夜のエントランスに、東の怒鳴り声がビリビリと響いた。
突然怒りを露わにした東に、佳人は呆然とした。
凛々しい眉を歪めて、目を真っ赤にして。東は今にも泣き出しそうな目で叫んでいた。その傷ついたような悲しげな顔を、佳人は過去に見たことがあるような気がした。
「お前が! 友達じゃなくていいって言ったんだろ! あの日に! 他でもない! お前が!」
東の言う〝あの日〟がいつを指しているのか、言われなくても分かる。けれどあの日、発情期の熱に浮かされていた佳人には、その時の記憶がほとんど残っていなかった。佳人が何を言い、東が何を言ったのかも、はっきり思い出せない。
「まさか、覚えてないのか?」
何も言い返せないでいたのを不審に思われたらしく、ずばりと言い当てられ佳人は押し黙った。
「ふ、ざけんなよ……っ」
強引に腕を引っ張られて、佳人はバランスを崩した。ほとんど東に引きずられるようにして、社内へ連れ戻される。
こんな遅い時間だ。社内は暗く、非常灯だけが付いた状態にも関わらず、東は大股で進んで行く。
なんだか、とても嫌な予感がした。
しかし助けを呼ぼうにも、社内には人影がない。逃げ出そうともがいても、痛いくらいにがっちりと掴まれた東の手を振り払うことができなかった。
逃げ出すこともできないまま、佳人は会議室のような部屋へ押し込まれた。乱暴に体を投げられて、ろくに受け身も取れず、無様に床に転がる。
その上に東がのしかかってきて、していたネクタイで佳人の腕を縛った。
さあっと頭から血の気が引いていく。
「東っ、やめろって!」
どれだけ叫んで抵抗しても、東は何も聞こえていないかのようだった。
性急にズボンを下ろされ、剥き出しになった後孔に指が当てられる。その感覚に佳人はぎくりとして息を飲んだ。
「やめて、頼む、東──ひぎっ」
少しも濡れていない穴の中を、強引に指が割り入ってくる。内側から引き裂かれるような激痛に佳人は呻いた。
「いだ、い! いたい! やめてくれ東!」
どれだけ叫んでも東はやめようとしない。痛いと訴える佳人にも構わず、すぐに2本目の指を押し進めてくる。
「んぎっ! あず、ま! いたい! たのむ! やめてくれ!」
無理矢理押し込んだ2本の指を、東は力任せに引き抜き、押し込むのを繰り返した。
乾いた後孔の中が摩擦で引き攣り、強引な手つきのせいで爪が内壁に当たる痛みに佳人は悶えた。
「違うだろ佳人……」
低い声で東が囁く。
それと同時に指が抜かれ、代わりにもっと太いものが当てられるのが分かった。
「っ、まさか、東、やめ──」
「〝竜太の赤ちゃん欲しい〟だろうが!」
「ひ、ぎ、ぐうううううううっ」
固く質量のあるものが、無理矢理押し入ってくる。
あまりの激痛に佳人は気を失いそうだった。頭の中がチカチカとフラッシュし、一瞬の浮遊感に意識を持っていかれそうになる。しかしすぐに、更なる痛みに意識が現実へ引っ張られる。
「ぎっあっ……やめ、やめでっいだい、いだいよお」
無理矢理奥へ押し入って来ようとする東に、本能的な恐怖を覚えて必死に抵抗した。
佳人の顔は涙やら鼻水やらですでにぐしょぐしょだった。その汚い顔を見て、東が鼻で笑う。
「じゃあ言えよ」
冷え切った声で東が言った。
「〝竜太の赤ちゃん欲しい〟って」
「そしたらやめてやるよ」と言う東の声に、一も二もなく「りゅうたの赤ちゃんほじい」と汚い声で叫んでいた。
残忍な笑みを浮かべた東が腰を引いていく。中から異物が抜けていく感覚に佳人は安堵した。
その直後、東に勢いよく腰を押し込まれた。
「ぎいいいいいぃぃっ」
東はそのまま、遠慮もなく乱暴にピストンした。
中が引き攣り、何度も気を失いそうになる。しかししばらくすると、体の奥がじわりと温かくなってくるのが分かった。声に甘さが混じり出し、結合部からはぱちゅっぱちゅっと、だらしない水音がし始める。
「あっあんっ、ひあっあっ」
自分の意思とは関係なく、身体が勝手に番との交尾に悦んだ。
佳人の中は東の怒張に絡みつくようにしてきゅうきゅうと締まり、擦られるところすべてから快感を拾い上げた。
「あっああっあっ」
「言えよ、佳人」
佳人は前後不覚になりながら、何度も言わされた言葉をまた叫んだ。
「りゅうたのっ、りゅうたのあかちゃんほしいよぉっ」
「もっとだ」
「ああんっもっと、もっと奥どちゅどちゅって、んあっ、奥もっと突いてっ」
「もっと」
「りゅうたのちんこっっきもちいよぉっ、ああっイクっイッちゃう!」
「まだだ」と東が佳人の陰茎を握り込む。射精を堰き止められた苦しさに、佳人は「なんでぇっ」と声を上げていた。東はその状態のまま、より激しく抜き差しをした。
パンッパンッと肌がぶつかり合う音が激しく、大きくなる。乱暴とも取れるそのピストンに、佳人は胸を逸らしながら喘いだ。
「あんっあんっあっひあっああああっ」
「っ、佳人」
「ひいっああっあんっ、りゅうたぁっおねがぃっ、イかせてぇ!」
「俺も、っ、イク、けいとっ」
「あああああっ」
腰をぐっと押し込めると、東はビクビクと痙攣しながら精を吐き出した。同時に手を離されて、津波のような快楽にさらわれるまま、佳人も達した。
佳人はそこで意識を失った。
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