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第1部 4
目を覚ますと、佳人は知らない部屋のベッドの上にいた。
早朝なのか窓の外は青白く、部屋の中はひやりと冷たい。
(どこ……なんで……)
佳人は急速に昨夜の出来事を思い出した。
腕を縛る結び目の固さを。
後孔を割り裂いてくる芋虫のような指を。
押し込まれた肉杭に引き攣る痛みを。
残忍な東の声を。
すべてが鮮明に思い出されて、佳人は目眩を起こしそうになった。
「起きたのか」
部屋のドアの前に、いつの間にか東が立っていた。
スーツ姿ではなく、ラフなグレーのスウェット姿だ。ドアの縁に寄り掛かって、腕を組んでいる。
佳人は慌てて起き上がろうとして、腰に走った鈍痛に呻いた。
「まだ痛むだろう。寝てろよ」
まるで他人事のように淡白な声。一体誰のせいでこんな目に遭っているのか分かっているのか。
「お前のせいだろっ」
「……ああ、そうだな」
東が悲しそうな顔をする。その表情に、佳人の苛立ちが増していく。
(なんでお前がそんな顔すんだよ。レイプされたのは俺の方だろう)
自分が昔したことは許されることではないが、だからと言ってやり返していいものではない。これとそれとは別の問題だ。
それっきり、東は床に視線を向けたまま動かなかった。しばらくした後、ぽつりと「悪かった」と言った。
「お前の言葉を聞いた瞬間、カッとなって……止められなかった」
「俺の言葉?」
東は答えなかった。
〝俺たち親友じゃなかったのかよ〟
たしかそんなことを言った後、東の様子が変わった。
関わりたくなさげに突き放していたのに、怒り出して、その怒りのままに佳人は犯された。
〝お前が友達じゃなくていいって言ったんだろ! あの日に!〟
「ごめん……俺、あの日のこと、ほとんど覚えてないんだ」
自分の無責任さに、みっともなくて泣きたくなった。
当の本人が覚えてないなんて、都合がいいにも程がある。
東が怒っても仕方ないことだ。居眠り運転で人を轢き殺しておいて、自分は眠っていたから覚えていませんと言うのと、同じようなものだ。
それなのに東は「そうだよな」と言うだけだった。
「お前は発情期だったんだから、覚えてなくて当たり前なんだ。それなのに俺が、勝手にキレてお前を……」
「やめろよ! 確かにレイプ自体はお前が悪いけど、元はと言えば覚えてない俺が悪いんだよ! お前は悪くねえ!」
叫んだ声は枯れて、おじいちゃんのようだった。それでも東は間違っていると言わなければいけなかった。
東はまた黙り込んだ。
今度は佳人から東に「なあ」と声をかけた。
「俺──お前に友達じゃないって言ったのか……?」
東のその言葉は、ずっと佳人の中に引っかかっていた。
本当に自分はそんな酷いことを言ったんだろうか。どんな状況に、どんな気持ちで?
父と母や、東の両親、教師たちは、あの日起こったことをなかったかのようにした。
俺が何を聞いても知らないふりをして誤魔化した。
室井なんて教師は最初からいなかったように。東なんて人物は最初からいなかったかのように振る舞った。
首の傷痕がなければ、俺が見た悪夢だったと思い込んでいたかもしれない。
あの日起こったことを知っているのは、実質、東だけ。
「……発情するお前に、俺は抑制剤を打とうとした」
長い長い沈黙のあと、東が口を開いた。
「お前はその時には完全に理性を失っていて、俺の……俺のを咥えようとした。お前は、赤ちゃんが欲しいって、ずっと言ってた」
「正気に戻って欲しくて、言ったんだ」と東は続けた。
「『俺たちは友達だろ』『友達はこんなことしないだろ』って……」
続きを聞きたくない。
でも、知らなければいけない。
でも聞きたくない。
逃げたい。
聞きたくない。
聞きたくない。
「そしたら、お前が言ったんだ」
聞きたくない。
「〝じゃあ、友達じゃなくていいよ〟って……」
それから、どれくらい時間が経ったのか分からない。
佳人も東も、どちらも凍ったように動かなかった。
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