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東竜太の独白2

 異常事態に気づいた先生たちが駆け付けて来た頃には、俺は何度も佳人の中に欲を注いだ後だった。  その時、佳人は気を失っていて。  俺は正気を取り戻して、今度は恐怖に怯えていた。 (佳人を犯して、番にしてしまった。しかも同意じゃない。佳人は許してくれるのか? 俺はどうなる? 停学? 退学? いやそれだけじゃすまないかもしれない。警察に通報されて、少年院行きか?)  気を失った佳人を抱く腕が、恐怖でガタガタと震えた。  そんな俺に、教師たちは第一声、こう言った。 『ああ! 可哀想に! Ωに襲われたんだね、東くん』──と。  予想外の言葉に俺は固まった。  なにが起こっているんだ。どうして俺が被害者みたいに言われてるんだ。 『くさいくさい! Ωのフェロモンがまだ残ってる!』 『このフェロモンで誘惑されたんだね。室井先生も可哀想に』 『赤松くんの親御さんを呼んでください。αに手を出したなんて、由々しき問題です。親御さんにも日ごろから注意してとお願いしておいたというのに、このざまです。この始末はきっちりつけてもらいましょう』  目の前の大人たちがなにを言っているのか分からなかった。  俺はまだ何も言ってない。俺が襲ったとも。佳人が襲ったとも。  なのになんで、勝手に佳人が悪いことになってるんだ。  どうして佳人が悪いと決めつけるんだ。 『これだからΩの生徒は嫌なんですよ。こうして毎年、事件が起こる』  後頭部を鈍器で殴られたような衝撃が俺を襲った。  佳人が、Ωだから?  佳人がΩだから、そうやって決めつけるのか。  俺はαだから、悪くないに違いないのか。  その時の俺に這い上がってきたのは、さっきとは別物の恐怖だった。  そしてその恐怖が俺を突き動かした。 「俺です!」  気付けば大声で叫んでいた。 「俺が襲いました! 佳人は悪くありません!」  怖い。  とんでもなく強大な恐ろしさだった。  俺のαという性が、Ωの佳人を傷つけることができるという、αという強者が持つ脅威への恐怖。  俺はその日、それを経験した。  そして俺は逃げた。  佳人からも、学校からも。家──父親はΩだった──からも。  αが強者たれるあらゆる場所から逃げたかった。  αという性が持つ脅威から佳人を、そして自分自身を守り切れる自信がなかった。  俺はダサい負け犬だ。他の性より優れていて、輝かしい未来を約束された、有智高才なα様なんかじゃない。  俺は佳人を番にしておきながら、守れる自信がないといって捨て去った。    番を持たされてしまった佳人が発情期に苦しむだろうことも。  俺という弁明人を失って独りになった佳人が、学校でどんな目を向けられるかも。  佳人が両親にどれだけ嘆かれるかも。  発情を唯一慰められる番がいないことで、佳人はまともな職に就けないことも。  全部全部全部全部全部全部全部全部。  佳人が背負う苦しみを全部知っていながら、俺は逃げたんだ。  けど好きな人と自分を結ぶ唯一の“糸”を、自分から切り断つこともできない。  これの何処が優秀なαなんだ。Ωやβを虐げることがαに出来ることなら、αなんてクソくらえだ。  αなんて。俺なんて。  結局俺は佳人より自分を選んだんだ。自分が可愛くて可哀想で仕方がない。  新しい学校はαのみしか入学できない特別な学校。大学はそういうわけにもいかなかったが、αが5割を占めるという大学で、αの友人とだけつるんだ。  なるべくΩやβと関わらないように。同じ立場の人だけと過ごす日々は、なんの不安も不都合もない。  最高にくだらなくて、最低な男。それが俺、東竜太の正体だった。

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