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明日花2

「相談してくるまで待とうと思ってたけど、やめたわ。私も種明かしをした。今日は何がなんでも喋ってもらうから!」  「はい! どうぞ!」と大きな声で言って、明日花は椅子にふんぞり返った。腕を組み足を組み、目は吊り上がって、もはや東を睨んでいる。 「佳人……番だった男とは事故で番になったんだ」  自分でも驚くほど、するりと言葉が出た。  今まで誰にも言えなかった佳人とのことを、東は洗いざらい全部喋った。  話しながら思った。  自分はずっと、誰かに話を聞いて欲しかったのだと。  自分が犯して背負った罪を。自分の弱さを。αが持つ力への恐怖を。佳人への気持ちを。  東はずっと誰かに知って欲しかった。  どれくらい話し続けていただろう。  飲み物の氷は溶け、コーヒーの上に透明な層となって浮いていた。  誰にも話した事がないことを、改めて言葉にすることは簡単ではなかった。  一言で言えば支離滅裂。論理構成などめちゃくちゃで、本当なら人に聞かせれるようなものじゃない。  それでも明日花は真剣に東の言葉に耳を傾けていた。  そして話し終わった東に対してまずしたことは、痛烈なビンタだった。 「だっさい男!」  店内が騒つく。「けんか?」「別れ話かな?」そんな声がする。 「高校の時のことは、あんたも佳人くんも、誰も悪くない。第二次性という得たいの知れない動物の本能に振り回された被害者だよ、あんたも佳人くんも」  「でもね」と強い声。 「今の佳人くんを苦しめてるのは間違いなくあんただよ、竜太。αの自分のせいにして、本当の自分は違うのにって、被害者面してるだけ。あんたはαの東竜太でしょうが。それは切り離せるものじゃない。あんたの一部なんだよ。この年にもなって、誰もが第二次性と向き合いながら生きてるっていうのに、あんたはそれから逃げ続けて、未だに怯えてる。なんでそんなことも分かんないの⁉︎」 「……明日花には分からない」  東は目を逸らした。 「αが他の性の人間を殺せてしまうかもしれないことを……その恐怖をお前は分かってない」  あの日、当然のように佳人が疑われた時、東が味わった残忍さを明日花は知らない。  αが他の性よりも強の立場にあるせいで、αは他の性を傷つける凶器となっている。  多くのαはそれに気づかないまま、人に持ち上げられるがまま、いい気になってその刃物を振り回している。  彼らは気付いていない。  隣で慕い従ってくるβの後輩が、切られて血を流していることに気付いていない。  傍らで我が子を抱いているΩの伴侶が、傷ついて泣いていることに気付いていない。  その凶器がもたらす不幸に彼らは気付いていない。 「なに自惚れてんの?」  冷たい、明日花の声だった。 「そんなこと、みんな分かってる。なに自分だけが特別だと思ってるの?」  分かってない!  東は頭に血が昇るのを感じた。  だが東がするよりも早く、明日花が叫んだ。 「αが他の性にとって害になり得ることを、みんな分かってるから、私たちはαの力を使って大事な人をαから守ってるんでしょうが‼︎」 「αの力で、αから守る……?」  どれはどういう……。 「あの、お客様……」  気の弱そうな店員が声を掛けてきたのはその時だった。その言葉の続きは言われなくても分かった。 「ごめんなさい、すぐ出ますので」  そう言って明日花はさっさと荷物をまとめると、「さようなら!」とだけ言って店を出て行った。  テーブルの上には2枚の千円札と婚約指輪だけが残されていた。

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