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それは

 苦しい。  今、自分はちゃんと呼吸できてるんだろうか。  分からない。 「誰か僕を殺してくれと、そう思った。なにもかも僕のせいだと。僕なんかがいなければ、レンが危険な目に遭うこともなかった。レンが子どもを失うこともなかった。僕のせいで、あの子はもう2度と自分の子に会うことができない。殺してくれ、殺してくれ、殺してくれ」  〝レン〟とは番の名前だろうか。  「でも誰も殺してくれなくて、だから僕は自分で死ぬことにした」と大屋敷は続けた。 「死ぬ前に、最後にレンに謝りたくて、事件があってから初めて会いに行った。レンに許されたいなんて思ってなくて、レンにお前のせいだと、罵倒して、酷い言葉で侮辱して欲しかった。僕はこの期に及んでまで、僕自身を救おうとしてた」  似ている。  αの自分に全て押し付けて逃れようとしている自分と。  大屋敷も自分を責めることで自分を救おうとしていたのだ。 「今更会いに来た僕に向かって、レンは……レンは言ったんだ。……『赤ちゃん、守れなくてごめん』って……泣きながらそう、言ったんだ」  自分の目が熱くなって、途端に涙が溢れ出た。  なんの涙なのかはよく分からない。 「その瞬間、自分が情けなくなった。レンは必死に戦って、大きな傷と向き合っているのに、レンより身長も体格も力も強いはずの僕は、こんなにボロボロになっても必死に立っているレンに、すべて押し付けて自分だけ逃げようとしていた」  「だからその時誓った」と強い声がした。 「αの僕がレンにつけた傷への贖罪を、αの僕が一生かけてしていくんだと。それが僕にできる唯一だからと」 ──αが他の性にとって害になり得ることを、みんな分かってるから、私たちはαの力を使って大事な人をαから守ってるんでしょうが‼︎  明日花の言葉がまた蘇る。  やっと、その言葉の意味が分かった。  αが……自分自身が振るうものが凶器なら、その刃から人を守る盾となるのも、また自分だけだのだ。  言葉にしてみれば単純なこと。でも単純なことが、この世で一番難しい。 「──少しは参考になったみたいだね」  大屋敷の声に東は顔を上げた。  そこにはいつも通りの大屋敷がいた。 「すっきりした顔になってる」 「すみません、俺、辛い話させて……」 「いいよ。その代わり残業なんかやめて、早く家に帰りなさい」  じゃ、おつかれさま、と大屋敷はそのまま踵を返す。  去っていく背中に、東はずっと頭を下げていた。

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