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第2部 7

 聞いてしまったことをすぐに後悔した。触れずにいたら、昔のような他愛もない会話をもっと楽しめたかもしれないのに。でも後悔した分と同じくらい、聞かずにはいられない気持ちも強くあった。   返事を待つ間、緊張で口の中がカラカラに乾く。 「お前がまた店に来てもいいかって聞いたんだろ」 「それはそうだが……まさかランチを一緒にできるものだとは思ってなくて。お前はもう、俺の顔なんて見たくないと思ってた」  そう言うと、佳人はまた黙った。  綺麗な無表情の顔からは何を考えているのか読み取れない。  また手持ち無沙汰になって、東は無理矢理サンドイッチを齧った。シャキシャキとしたレタスと、しっとりと蕩ける生ハムの感覚が噛むたびにする。味は分からなかった。 「ちゃんと……お前と話をしなきゃと思ったんだ」  佳人が目を伏せて、ジンジャーエールに入った氷をストローで弄る。 「俺たちは今まで1度も、ちゃんと話したことがないだろ。〝あの日〟以来。1度も」  「番になった時も、解消するときも、友達を辞めた時も、1度も」と静かな声で佳人は話し続けた。 「俺は東が、俺を嫌いになって恨んでるから、友達ではいられないって言ったんだと思ってた。自分のことを嫌いなαとずっと番でいるのはおかしいし、俺も辛いから、番を解消してほしいって言った。なのに、その後も俺を探してるって舞子さんから教えられたり、会いに来たと思ったら、俺のことが大切だったとか言い出したり。……お前が何考えてるのか、全然分かんねえ」  この間、佳人が、東が佳人のことを要らないと思っている、というようなことを言っていたのを思い出す。  微妙にお互いの話が食い違っていることに、今更気付いた。  東は佳人のことを恨んだことなどない。気持ちを完全に隠している内は〝友達〟を演じられたが、好きな人と身体を繋げた以上、〝友達〟には戻れない、と言う意味の「友達ではいられない」だった。それを佳人は「嫌いだから友達ではいられない」だと捉えてしまっていたということか。 「俺が佳人を嫌いになんてなるわけないだろっ。恨むなんて、もっとない。俺は──」  そこまでまくし立てて、東は言いとどまった。佳人が不思議そうに首を傾げる。  ずっと隠していた気持ちを言ってしまっていいんだろうか。ここで否定されたら、全部終わるんだぞ。そんな情けない不安が、心の中に生まれる。  でももう、言っても言わなくても何も変わらないような気もした。〝友達〟だった時とは違うのだ。言ったところで、壊れる関係などない。  言ってしまえ。やけくそのようなものにかき立てられ、東は口を開いた。 「俺は、お前が好きなんだよ」  黒蜜の瞳が大きく開かれる。その表情さえも可愛い、と心の隅で声がする。

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