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第2部 8

「ずっと、高校の時からお前が好きなんだ。恋愛的な意味で、大切なんだ。……〝あの日〟、お前に全部の責任が押し付けられそうになったのを見て、怖くなった。俺は何も持ってないただの高校生なのに、α性という得体のしれないものが俺の知らない所で一人歩きして、俺の大切な人を傷つけようとしてる。俺じゃその力から佳人を守れない、傷つけてしまう、そう思った。だから逃げてしまった。でも本当はずっとずっと、佳人が好きだった」  事故だったとしても番という、特別な存在になれて嬉しかった……とは言わなかった。 「こんなこと言って悪い。……気持ち悪い、迷惑だと、突き放してくれ。そしたらもう2度と佳人の前には現れないから。それで俺も諦めをつけるから」  佳人のことになると、体と心がうまく繋がらない。自分ではもう制御できないところまで、東は来てしまったのだと自覚している。  握り締めた拳の中が、汗でじんわり湿る。 「……そんなこと、しねぇよ」  佳人が小さい声で言った。 「びっくりしたけど、東のことを気持ち悪いとは思わなかった」  東は佳人を見た。佳人自身も混乱しているのか、視線がぐるぐると動いていた。 「俺はずっと、東に嫌われたんだと思ってた。番を解消したことを舞子さんに話した時、舞子さんにそんな最低な男のことなんか早く忘れなさいって言われた。でもどうしても、俺はお前を嫌いにはなれなかった」  佳人はちらりと東を見て、また目を逸らした。 「でもこの気持ちがお前の気持ちと同じかって言われたら、違うかもしれない……ごめん、分からない」 「……その分からないに、俺は期待していいのか?」  こんな質問、佳人を困らせるだけだと分かっていながら、突如現れた少しの希望に縋り付いてしまう。  佳人はたっぷり数十秒黙った後、重々しく口を開いた。 「お前と番を解消した後、1ヶ月くらい、精神科に入院してた」 「精、神科?」 「俺はαに一方的に解消されたわけじゃないし、大して精神的ショックはないだろうと思ってた。でも3日後くらいから夜眠れなくなって、体がだるくなって、何にもやる気が湧かなくなった。1週間で物が食べれなくなって、実家で倒れて、そのまま入院した。自分では大丈夫と思ってても、本能のところでダメだったんだと思う」  佳人はマッシュポテトをフォークで刺し、口に運んだ。 「退院したけど社会に戻れなくなって、実家に引きこもってた俺を連れ出してくれたのが舞子さんだった。旦那がパン屋をやってるからそこで働かないかって言われてついて行ったら、お前の親父さんがいてびびったよ。でもありがたかった。今も通院はしてるけど、普通に生活できるくらいには回復した」  「でも」と佳人が続ける。 「番を失ったトラウマなのか分かんねぇけど、人と深く関わろうとしないクセがついちまった。他人が自分の中に入り込んで来ようとすると、嫌悪感があるんだ。足首を毛虫が這い上がってくるみたいな感じ。荒療治だと思って、恋人作ったこともあったけど、セックスん時に触られただけで吐いた」 「っわるい、それ、俺の」 「お前のせいじゃない。最初に番の解消を頼んだのは俺だ」  ぴしゃりと言われ、東は口を閉ざした。  たった数言にまとめられた、あれからの佳人の1年。淡々と語られるにはあまりにも壮絶で、東には想像もできなかった。  そして自分のしたことで、いまだ佳人が傷つき続けているという事実に、罪悪感で胸が押し潰されそうになる。 「だから、分からない。お前を気持ち悪いとは思わないけど、その感情が俺に向けられるってなったら話は別だ。俺はたぶんそれを……受け取れない。でも、受け取ってみたいとも思うんだ」 「え?」 「それがいつになるか分かんない。受け取れるようになったとしても、俺がそれに応える時、友達止まりなのか恋愛なのか、今の俺には分かんねえ。それでも、お前はまた俺に会いに来るのか?」 「会いに行く」  答えには迷わなかった。  すぐに言い返した東に、佳人は目を丸くしていた。 「会いに行くよ。俺は、佳人が好きだから」  言葉につられるように、決心が固まっていくようだった。  佳人は一瞬、逡巡するように視線を忙しなく泳がせた後、「そうかよ」と小さな声で言った。

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