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第41 籠の中の鳥 2
「これを着ろ」
差し出されたのは、触れただけで上質さが伝わる貫頭衣 状の衣服だった。裾に萌黄色の刺繍が施された、美しいその布は跳び族の村では一度も目にした事さえない代物だった。
「…なぜ、私にこのような物を?」
この身など、隷属でしかないはずだ。それなのになぜ。不相応なぐらい高価な品を前にして、真意の見えないレフラは戸惑ったようにギガイを見上げた。
「裸のままで居たいわけではないだろう?」
質問へ質問で返す様子は、レフラの意図が伝わっていない事を伝えてくる。レフラはそうではないと首を振った。
「私などにはあまりに高価すぎます」
「……お前は私の御饌だからな」
わずかに走った沈黙の後。聞こえた答えは初めの質問へのものだろう。そしてなぜそんな事を聞くのだ、と訝るような表情に、レフラの戸惑いはいっそう増すばかりだった。
(形式上でも番である者がみすぼらしい格好では、貴方の沽券に傷が付くって事でしょうか?)
それならば、これを黙って受け取るのも務めの一つなのだろう。
「ありがとうございます」
見かけに反して、なぜか重たく感じた服にレフラが小首を傾げる。だが、催促するようなギガイの視線に促されて、レフラはその服を身につけ始めた。
下履きを履いて、手渡された長ズボン に脚を通す。
「これを使って留めると良い」
いくつかの飾り具と、そこから伸びた組紐。そして紗で誂えられた布を羽織のように身体に纏わせ腰で留めれば、腰に絞りを見せながら身体のラインが覆われた衣装となった。
「これは女性の服ではないと思うのですが…」
身に纏った衣装は中性的で、レフラの雰囲気と相まって性の認識を曖昧にさせる。長ズボン という事を考慮すれば、どちらかと言えば男性的にさえ見えていた。
御饌という立場から手渡された服は当然女性用のものだと思っていたレフラは、寝台の上で驚きを隠せなかった。
「女性らしい物よりはこういった服の方を好むと思ったのだが、違っていたか?」
なぜ好みを知っているのか。それよりもなぜ好みを気にするのか。でもそんな事を聞いて自分はどうすると言うのか。戸惑いに、上手く言葉が紡げないまま。
「いえ…違いません…」
言えたのはそんな言葉だけだった。
聞いてしまえば、答えに何かを期待してしまう気がしていた。その結果、夢で見たあの日のように絶望が待ち構えていたとしたら。幼い頃の経験がレフラをだいぶ臆病にしていた。
もしかしたら、気まぐれに向けられた主の恩情だったのかもしれない。考えれば考えるほど、それ以外には有り得ないと思えてくる。それならば、その気まぐれが少しでも長く向けてもらえるように、自分は振る舞うべきなのだろう。
機嫌を取るように喜んで見せたり、可愛らしい言葉の一つでも吐いて見せるのも良いはずだ。
だが元より、そんな事を割り切れて振る舞えるような質ならば、こんな歪な身体になってもいないはずなのだ。
ここで縋れる者は、どう足掻いてもギガイ以外には存在しない。それを分かっているはずなのに、少しでも寵を得るために媚びる事さえ出来なかった。
上手く達振る舞う事もできないまま、レフラはもう一度礼を告げるのが精一杯だった。
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