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第42 籠の中の鳥 3
白金の髪がサラリと揺れていた。
どう対応したら良いのか分からない、といった様子なのだろうか。たどたどしく礼を述べるレフラの目が、まるで答えを探すように彷徨って、そのままそっと伏せられた。
なぜそれほど戸惑うのか。伏せた視線が気になって、そっと伸ばした手でレフラの髪を掻き上げる。露わになった額から顎先へ指を滑らせれば、陶器を思わせる温もりを持った滑らかさが指先に心地よかった。そのまま上向かせたレフラの表情は、灰色染みたブルーの瞳が戸惑うように揺れていた。
抗う時のように真っ直ぐにこちらを見据える目はどこにもない。
ギガイの寵愛を求める者は少なくない。他種族の族長や重鎮の娘を宴に差し出された事だって一度や二度の事ではない。まろい声音で言葉を紡ぎ、|嫋《たお》やかな様で横へ侍る者達はいつだってギガイの機嫌を取ることに必死だった。そんなギガイの周りへ宛がわれた過去の女性の姿と、レフラの様子は違っていた。
(媚びへつらう事など出来なさそうだ)
まあ元々そのような態度を求める気も全くない。今はいつものような不快な言葉を吐き出す様子がないだけでも十分だった。
そんなギガイの掌にレフラの掌がそっと重なり、気まずそうにレフラの瞳が反らされている。それは精一杯の甘えなのかもしれない。
それだけでギガイには愛おしいと感じられた。
「食事を向こうの部屋へ用意させてある」
寝台の上からレフラの身体を掬い上げる。
「ギガイ様!?大丈夫です!自分でーーーッ!」
されるまま黙ってギガイの手を受け入れていたレフラが突然の事態に慌て出す。だが、数時間前までは酷使した身体なのだ。腕の中で急に身じろいだ振動が腰骨辺りに響いたのか、レフラが息を詰めて動きを止めた。
「今日は大人しく運ばれろ」
散々泣いていた状況をまさか忘れていたのかと。レフラの無謀としか言えない動きに、ギガイが呆れたように抱え直す。
行為の状態を思い出せばろくに動けるはずがない。歩く振動さえも今はまだ辛いだろう。貫いた痛みを堪えているのか、懲りたのかレフラはそれっきり大人しく腕の中に収まっていた。
贈った衣装や装飾は、その中性的な雰囲気によく似合っていた。だが、レフラの言うように男性染みてしまったのは、長剣を振り回していた幼い頃の記憶が、どうしても忘れられなかったからかもしれない。
あの頃に名前さえも呼べなかった存在が、今はこうやって腕の中に収まっているのだ。ギガイはそっと力を込めた。
贈った衣に遠慮するレフラから、贈る理由を聞かれた時にその質問の意図が汲めなかった。
最愛の者が少しでも心が弾んだり、心が穏やかで居られる物を、と思う事は跳び族でも黒族でも違いは無いはずだ。
レフラの為に誂えさせた物を自分へは相応しくない、と告げる姿に訝しみさえしていた。
だが、こうやって掌を重ねて、身体を委ねているのだ。多少は言葉に含めた意味が伝わったのかと、ギガイはわずかに口元を緩めた。
少しでも心が通う事があれば、変わる何かもあるかもしれない。これがその一つになれば良いと思っている。
(まぁ、どちらにせよ、もう手放す事は絶対にないがな)
それでも愛しい御饌なのだ。
閉じられた籠の中で外を恋しがって泣くよりは、笑って過ごしている方が良い。
少しでもこの籠が快適であるように、ギガイは努めるだけだった。
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