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第44 籠の中の鳥 5
「腹を空かせていた割にはあまり進まないようだが、味が合わないか?」
貴方のせいです、と一瞬零れそうになった言葉を慌てて口の中の野菜と一緒に飲み込んで、レフラはフルフルと首を振った。
「そんな事はございません。ただ、珍しい物がいっぱいで、どれから食べたら良いのかと迷ってしまいました」
これはおべっかや取り繕う為だけの嘘ではないせいか、スラスラと言葉が口から零れていく。実際、卓上には食べ方も分からないような食べ物もいくつかあった。
「そうか。それでは、これはどうだ?」
差し出されたガラスの器には、一口サイズに切られた色々なドライフルーツらしい物が、とろりとした液体の中に浸っていた。
鮮やかな彩りは、それだけでも人を十分に楽しませる。わずかに浮上する心のままに、レフラはその器を目で追いかけた。
「保存用のドライフルーツをルカリラの蜜に漬けた物だ」
その言葉にレフラは目を輝かせた。ルカリラの蜜はかすかな酸味と砂糖なみの甘みで有名な蜜だった。そのような嗜好品に手が出せるような村ではなかった為、これも口にするのは初めてだった。
「クククッ。甘い物は好きなんだな」
再び聞こえたギガイの低い笑い声にレフラの耳が熱くなる。期待にそわそわしてしまいそうな自分を隠していたつもりだったのに、筒抜けだったという事だろう。
「そう言うわけでは…」
「そうか。まぁ、それでも食べてみろ」
気恥ずかしくて、思わず否定したレフラの言葉など全く信じていないのだろう。もう一度ギガイが音もなく笑った振動が、レフラの身体へ小さく響いた。
「取りあえず、口を開けろ」
フルーツを摘まんだ指が差し出される。思わぬ状況に対応が一瞬遅れたレフラの唇がルカリラの蜜で濡らされる。
「自分でーー」
恥ずかしさに断ろうとしたレフラの口へ、スルリとフルーツが入り込んだ。途端に広がるルカリラの蜜の爽やかな甘さ。思わず咀嚼すれば、ドライフルーツにされた事で濃縮された果実の甘さも口腔内へ広がっていく。
「美味いか?」
初めて味わうような幸せな味に、レフラは素直に頷いた。
「ほら、これも食べろ」
二つ目のフルーツを差し出され、誘惑に逆らえないまま口を開く。再び広がる爽やかな甘さに果肉の味。それを数回繰り返せば、初めに感じた恥ずかしさも薄れていった。
なによりも促されるまま素直に口を開けば、与えられるのは褒美のような甘い蜜だ。
(まるで雛鳥みたいですね)
それはあながち間違いではないだろう。
身を護る力さえなく、ただただ庇護を受けるような弱い者。今の自分は、そんな雛鳥と何も変わらない存在でしかないのだから。
「もっと食べるか?」
落ち込んだ所で変わらない事実に塞ぎ込むようなつもりはない。それでも何かが胸を締め付けるようで。レフラはもう良いと、首を横へ振って見せた。
「そうか」
分かった、と答えを返すギガイの指がスッと唇の輪郭をなぞっていく。レフラの身体がピクリと揺れる。もう果実を持たないその指の意図は何なのか。二人の視線が絡まり合った。
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