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第100 病中の甘え 1

サラリサラリ。頭の方で感じる感触をレフラはぼんやりと追いかけた。覚えがあるようで、馴染みが少ない。それでもよく知っているような感触だった。 それが何か思い出したいのに頭がズキズキと痛んでいて、考える事が上手く出来ない。その上、身体も燃えるように熱かった。フッと心地良かった感触が消え、レフラが何かを思う前に冷たい物が額を覆った。 その冷たさが頭を少しはスッキリさせて、痛みも幾分か抑え込む。ぼんやりと目を開けば、寝台に腰掛けたギガイがレフラを真っ直ぐに見下ろしていた。 天蓋から厚めの幕が降りているのかもしれない。寝台の内は薄暗かった。それでも何の灯りもない状態でハッキリと見える主の姿に、今が日の高い日中である事が何となく分かる。 (でも何でこんな時間に私はこうやって寝ているんでしょうか…?) ギガイが側に居る理由も分からなかった。 「ギガイ、様?」 いつも通りに呼びかけようとした声は、喉の痛みに酷く掠れてしまっていた。 「…ッゴホッ、ッゴホッ…ッゴホッ……!」 刺激を受けた喉の粘膜が激しく痙攣してレフラは身体を丸めて咳き込んだ。その背中をギガイがゆっくりと擦りながら、丸まった身体をひょいっと抱き上げる。 「無理に話すな、喉を痛めている」 寝台の縁に腰掛けたギガイの膝に横抱きにされて、顎先を掬われ上向かされれば、重ねられた唇から水が少しずつ流れ込む。口腔内まで火照った身体に水の冷たさが心地良かった。 激しく痙攣していた喉の粘膜も、何回かに分けて与えられる水の潤いに癒やされて、ゆっくりと咳き込みが止まっていった。 「落ち着いたか?」 浮かんだ涙を拭ってギガイがそっとレフラの身体を横たえた。額から落ちてしまったタオルを取って、水の張られた器に浸す。そのまま固く絞られたタオルが額に置かれれば、その心地良さにレフラの口から息が漏れた。 「まだ熱が高いな。医癒者が言うには疲れが出たらしい」 ギガイの指が頬をなぞり、張り付いた髪を払いのける。額に乗せられたタオルの冷たさと同じように冷えた指先が心地良かった。その心地良さに浸るように目を細めれば、ギガイがふっと笑って空気が震えた。 「昨日は辛かったか?少しムリをさせたかもしれないな」 その言葉にレフラはふるふると首を振った。 慣れない快楽に翻弄されたのは辛かったが、そんな事で熱を出すなら()うの昔に出ていてもおかしくない。行為の辛さよりも、昔から緊張が解けた時など、心が緩んだ時に体調を崩しがちだった事を思えば、ようやく務めを果たせた安堵感の方が大きかったはずだ。 それでも労る言葉が嬉しくて、レフラはふわりと微笑んだ。 するすると目尻をなぞられて自然とまた目を閉じてしまう。心地良さに眠気がまた押し寄せる。このままギガイを感じながら眠れたなら幸せだった。だけどもう一度空気が揺れた感覚がして、そのままギガイの指が離れていった。 その感触を追いかけるようにレフラが瞼を持ち上げ、青い瞳で指を追った。ずっと触っていて欲しいのに呆気なく離れていってしまう事が悲しくなる。 行かないで。傍に居て。 忙しいと分かっているギガイ相手にそんな事を言えるはずもない。 「隣の部屋で仕事をしている。このまま寝ていろ。しばらくすれば薬が効いて熱も下がるはずだ」 独りが苦手なレフラの為の対応なのだろう。立ち去ろうとするギガイを見上げたレフラへ、ギガイが苦笑交じりにそう言った。コクッと頷いたレフラの頭を一撫でして、ギガイが寝台から立ち上がる。 「しっかりと休んでいろ」 こうやって時間を割いて貰った分、ギガイの予定が押してしまっていてもおかしくない。もう一度念を押すように告げたギガイをレフラは黙って見送った。 そこまで考慮して貰えたのだから。これ以上のワガママなんて言えなかった。 「…ひとりは、こわい……」 だから、聞かせる相手がいない言葉は、不調な身体に冷たく染みこんだ。

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