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第102 病中の甘え 3

「ッゴホッ…ッゴホッ……!!」 声を出したせいで再び喉が刺激され、踞ってレフラが激しく咳き込んだ。屈み込んだギガイがレフラの身体を抱き上げながら、再び背中をなでていく。 「ごめん、ッゴホッ、なさい……ッゴホッ、ッゴホッ…じゃまを、する、ッゴホッ……つもりは、なかった…ッゴホッ、んです……」 「分かった分かった。別に怒っていない。大丈夫だから無理に話すな」 背中を優しく擦られながら聞こえてくる声は聞き慣れたいつもの柔らかい声音だった。レフラが心配していたような厳しさや、さっきまで聞こえていたような冷たさはない。不安に強張っていた身体が解け、安堵したレフラがギガイの身体へ擦り寄った。 「少し待っていろ」 頭上から不意に聞こえた声の冷たさにレフラは身体がビクッと跳ねる。怒っていないと言っていたはずだった。 (甘えても良いと言ったのは、ギガイ様なのになんで) 熱で弱った心が子どものようにぐずり出す。泣きたくなってクシャッと崩れた顔はきっとみっともないだろう。だが見上げた先にあったギガイの顔は、レフラの方とは全く違う方向へ向いていた。 「も、申し訳、ッゴホッゴホッ…ございませ、ん…ッゴホッ!!」 すっかり忘れていた誰かの存在を思い出し、わずかに戻った理性が晒していた醜態に気付かせる。慌てて離れようとした身体をギガイが見越したように抱き留めた。 「離れてどうする?1人でこの後は耐えきれるのか?」 身体の不調は続いているのだ。一瞬だけ理性が戻ったといっても、吹けば飛ぶような程度でしかない。そんな中で意地悪そうに聞かれてしまえば、レフラはなけなしの理性と、箍が外れた感情の間でみっともなく揺れるしかなかった。 分別のある御饌として「はい」と言うのが正解なはずなのに、どうしても頷く事が出来ないまま寝台の傍まで戻される。天蓋をめくられ厚い布で覆われた薄暗い空間に入り込めば、膨れ上がった不安でレフラはギガイの袂を思わず強く握り締めた。 「とりあえず水を飲め。これでは足りなくなるだろう」 泣いていた事など筒抜けだったのか、熱を持つ眦をギガイの指が突いてくる。渡されたコップを受け取ったレフラは素直にその中身を嚥下した。冷たい水は心地良かったが、唾を飲み込むだけでも痛む喉には水だけでも辛くて苦労する。 「もう少し飲むか?」 その言葉にレフラは首を振って断った。 「それなら、ほら口を開けろ」 水差しの傍にあった器から、蜜玉を取り出したギガイがレフラの口に放り込む。熱で鈍くなった舌ではぼんやりとしか分からない味は、甘さと清涼感を持っているようだった。 「カナンの花蜜に鎮痛、消炎の効果を含んだ薬が練り込まれた物だ。よく効くから舐めていろ」 ギガイの瞳とよく似たその蜜玉は、ゆっくりと甘さを広げながらレフラの身体と心を癒していく。それはギガイから抱き締められる時の幸福感によく似ていた。

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