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第105 病中の甘え 6
紙を捲る乾いた音とその合間に差し込まれる誰かの声。そして端的に発せられるギガイの声が、レフラの頭上からは絶え間なく聞こえていた。
ぼんやりとした思考では聞こえる言葉の一割もレフラには理解できていなかった。ただ束の間の眠りを繰り返しているレフラがいつ目覚めても、一向に途切れる様子がない状況に、ギガイの多忙さを再認識させられる。
それに加えてレフラが聞いた事のあるどの声とも違う冷たい声音からは、レフラの知らないギガイとそんなギガイを当たり前とする世界の存在を感じさせた。
その世界のギガイを認識するにつれて、夢うつつのレフラの中に悲しさが少しずつ降り積もっていく。
始めは不安に感じたその声音も、レフラに向けられていない事がハッキリと分かる今なら少しも怖くないのに。なぜこんなに悲しいのか。まともに働かない頭では応えになかなか辿り着かない状態だった。それでも住む世界が違うといった、ギガイを遠く感じての感情じゃない事だけはハッキリと分かっていた。
(だって、全然ギガイ様は遠くない……)
寄り添って眠るレフラの為の姿勢だろう。ギガイは寝台の背にもたれて足を投げ出す時のようにソファーの上に座っていた。そんなギガイの身体に寄り添って眠るレフラの額は、ずっとこの主の太股辺りに触れていていつも通りの体温を感じている。そして胸元あたりに置いた手も、同じようにギガイにずっと触れている状態なのだ。
その上、時折体温を確認するように頬から首筋にかけて触れられる手の感触も、声音の冷たさに反していつものように優しかった。
ここで自分がひどく場違いだとは分かっていた。それでも、こんな状況でギガイの住む世界との差を感じても、温もりも感触もあまりにいつもと同じなのだから。レフラにはギガイを遠くに感じようもなかった。
(それでも何でこんなに悲しいのだろう?)
考え疲れた身体が、また眠りの中にレフラの意識を引き込んでいく。悲しい夢を見た時のように心の中に巣くった切なさは、レフラをまた少し泣きたくさせた。その涙を堪える為にレフラはギガイへ一層擦り寄って、その太股へ手を添えた。
「どうした、大丈夫か?」
そんなわずかな動きから何かを感じとったのか、それとも眠りに落ちたレフラの夢の始まりなのか。さっきまでとは全然違う、ギガイの声音が包み込むように降ってくる。
夢の中のその声は、何かを悲しんでいるレフラの心に優しく染み込んでいって、さらに深い眠りへ誘 うようだった。そんな中、ギガイに守られるように癒されていく心が自然と降り積もる悲しみの答えに辿り着いて。
(それならギガイ様はいったい誰に、癒されるというのでしょう…?)
冷たく淡々と生きる事を当たり前とされたこの世界の中で立つ孤独を思うと胸が痛くて、レフラの目から涙がポロリと落ちていく。
夢の中に昨日の明るい陽射しの中で涙を拭ったギガイが現れ、また溢れた涙を拭ってくれた。その時に見たギガイの表情にあったような安らぎは、冷たい世界のギガイからは全く感じられない状態だった事を思い出して、レフラはギガイの方へ手を伸ばした。
どうすれば癒しになるのかなんて夢の中でも分からなかった。だから精一杯の労りを込めてレフラはギガイの頭を優しく撫でていく。
「いつもこんなに頑張ってるんですね」
夢の中のギガイの目が大きく見開かれたような気がしたが、確認する前に真っ暗な深い眠りの中へレフラの意識は落ちていった。
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