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第106 病中の甘え 7
熱があって体力が落ちている中、寝苦しさも感じているのかもしれない。何度も沈み込むように眠っては、浮上するように覚醒するレフラの身体から掛け布をギガイは1枚剥ぎ取った。
熱が上がりきった状態なら、身体は放熱したいはずだ。過剰に保温をしてしまうと逆に身体に負担になる。だからこの対応は仕方がないと思いつつも、途端に濃く立ち上がる花の香にギガイは舌打ちしたい気持ちになった。
手元に寄せたタオルで額の汗を拭ってやりながら、感じた視線にチラッと二人の臣下の方へ視線を飛ばす。常と変わらないリュクトワスの横でレフラの香にあてられたのか、ギガイと目が合ったアドフィルが顔をハッキリと強張らせた。
腹の奥でチリッと燻る感覚を抑え込む。黒族の急所として隠す意味以上に、本当なら誰にも見せたくないほど大切なギガイだけの御饌なのだ。それでも、躾以外で辛いとレフラを泣かせてしまうのは、ギガイとしては望む事ではなかった。
(独りが苦手だと知っているからな)
傍に居たいと袂を握ったレフラを、自身の独占欲であのまま置いて泣かせる訳にはいかなかったのだから仕方がない。
「何だ?」
アドフィルへ視線を向けて放った声は自分が思った以上に冷たい音になっていた。燻った苛立ちが威圧染みたオーラも合わせて醸し出す。
「他意はございません。失礼致しました」
それでも首席庶務官としてリュクトワスに次ぐ臣下は、顔を青ざめながらもハッキリと言葉だけは紡ぐ気概もあったようだ。
「なら良い。ただむやみな好奇心は身を滅ぼす、特に香に惹かれる時はな。改めて肝に銘じておけ」
「かしこまりました……」
必要であれば許しもするが、好奇心でしかない視線を向ける事は不興を買うのだと牽制する。それがレフラの色香を伴う状況ならばなおさらだと、告げた言葉の意味がしっかり伝わった様子にギガイはもう良い、と視線を外した。
「さっさと慣れろ」
側を抜けながらアドフィルへ囁いたリュクトワスの声がわずかに届く。その声をリュクトワス自身、ギガイへ隠すつもりが無いのだろう。何がギガイの不興を買って、何が問題ない事なのか。把握に優れた側近がこの一言でアドフィルの感情の立て直しを図った様子に、ギガイは目を細めてリュクトワスを見上げた。
「相変わらず 立ち回りが上手いな」
次の報告書だと差し出された書類を受け取りながら、薄い笑みを口元に貼り付ける。
「とんでもございません。ですがギガイ様のお傍に最も長くお仕えしている自負はありますから、その為かと」
飄々と応えたリュクトワスを前に、ギガイはわずかに思案する。
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