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第107 病中の甘え 8
合間を縫って共に居たとしても、圧倒的に独りで過ごす時間が多いレフラだった。自分を律するあまり押し殺しがちに見えるレフラからは、ワガママどころか何かを強請られた事もない。
(不足があったとしても、言わずに飲み込んでいるのだろうな)
リュクトワスに誰か傍に付く者か、最低でも用聞きの者を宛がわせる方が良いのだろう。いくら他へ見せたくないと思ったとしても、その結果レフラに辛い想いを募らせたい訳ではない。
(どんなに外を恋しがったとして、もう二度と離してやれないからな…)
せめて快適な環境を与えてやりたかった。
書類を捲りながら手を伸ばして熱を確認するように首筋に触れれば、また意識がわずかに浮上したのか小さく身じろいだレフラがわずかに目を開けた。灰色がかった青い目が、ぼんやりとギガイの方を見上げているのを視界の端で確認する。
落ちる瞬きの様子から微睡みの中を漂っているようだった。十分も足らずにまたこのまま眠るだろう。ギガイは様子に気を配りながらもそのまま報告を受けていく。
「紫族、緋族の小競り合いですが緋族内でおかしな動きが感じられます」
「やはりか。現緋族の族長は小利口な奴で自身から大きく事を荒げるタイプではないからな。もともと一枚岩ではいかない種族だ、内乱が近々起きる可能性もあるな」
「乗じてこちらへ干渉する者がいないよう、近辺を固めて起きましょうか?」
「あぁ、そうしておけーー」
言葉の直後に感じた身じろぎの後、ますます擦り寄ってきた体温に目を落とす。いつものようにそのまま眠りに落ちると思ったレフラが、何かに耐えるようにギガイの太股へしがみついていた。
手を挙げてリュクトワスの続きの言葉を制止する。きな臭い会話に不安に成ったのか、それとも体調が悪くなったのか。
「どうした、大丈夫か?」
覗き込んだ顔は目を閉じたまままだった。
何か悲しい夢でも見ているのかもしれない。眉根を寄せたレフラの目から溢れた涙が、鼻の付け根へ溜まってそのまま零れていく。泣くほどの夢ならば起こしてやった方が良いのかもしれない。だが、起きている体力さえない様子にできるだけそのまま寝かしておきたい気もしていた。ギガイは悩みながら指先でその涙を拭っていった。
ふわっとレフラの瞼が持ち上がる。現れた青いトロッとした眼差しは、まだレフラの意識が覚醒しきっていない事を伝えてくる。口元がかすかに動いたように見えて、ギガイが言葉を聞き取る為に顔を寄せた。
その横で不意に持ち上がったレフラの手が、さらりさらり、とギガイの頭を撫でていく。
バサッ。
思わぬ事態に固まったギガイの耳に、書類の落ちる音がする。それは誰も音を立てていなかった静かな部屋に、やたら大きく聞こえてきた。だがその音の方を確かめる前に。
「いつもこんなに頑張ってるんですね」
耳に届いた小さな声。
そのまま寝息に取って代わった呟きは、ギガイへ伝える意思はなく寝言に近いものなのだろう。
バサバサッ。
今度はさっきよりも近くで聞こえた書類が雪崩れる音に、その言葉がギガイの聞き間違いでないことを悟る。
「クククッ……、アハハハ……ックク……」
冷酷無慈悲と言われた自分が幼子のように撫でられ褒められる日がまさか来るとは、想像した事など一度もなかった。
あまりの事態に込み上げる笑いをギガイは必死に押し殺し、唖然とした二人の臣下は混乱しながらも、散らばった書類をどうにかまとめていた。
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