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第111 病中の甘え 12

「あまりに抵抗するなら、このまま抱くぞ」 機嫌を損ね始めたのか、冷たさが増していく声音にレフラは思わずビクッと跳ねた。その言葉と声音に与えられた淫虐の記憶が過って身体がだんだん竦んでいく。だがそれと同時に、これまで与えられ続けた温もりと昨日の夜に寝台で交わした約束の記憶もまた、レフラの心を奮い立たせた。 「い、意地悪ばかりは、ダメです!!」 「はっ?」 まさかレフラからそんな返しが来るとは思っていなかったのだろう。耳元から聞こえてきた声音は、日頃泰然としているギガイにしては、ひどく間の抜けた音だった。 「だっ、だって、約束しました!交わる時に頑張るのなら、その後は優しくしてくれるって!」 自分と主との約束なんて対等なモノではないかもしれない。それでも昨日のレフラはギガイの腕の中でその言葉を信じたのだ。愛おしさと幸福感を抱きながら。 もしも約束が破られてしまうのなら、ギガイにとってあの時の時間がそれだけの価値しかなかったという事なのだろう。レフラにとっては大切な時間も想いも否定されてしまうのだ。 それは隷属としてこの日々を薄氷の上の幸せだと覚悟しているレフラにとっても、あまりに悲しい事だった。 「約束…しました、よね……?」 否定される不安に声音はひどく頼りない。念押しというよりは、縋るように確認するような問いかけだった。のし掛かっていたギガイの身体の圧がなくなり、レフラはギガイの方へ振り返る。 「交わる時は、ちゃんと頑張ります。だから…他では、意地悪されると、辛いです…。約束が、無くなってしまったみたいで…悲しいです…」 どう伝えれば想いはちゃんと伝わるのだろう。言葉を選んでいるせいで、レフラの話しはたどたどしくて、自分自身でも聞き辛い事は分かっていた。 それでも黙って聞いていたギガイは何を思っているのか。レフラには一向に分からなかった。 そんな中でレフラの身体を拘束するギガイの腕が緩められ、ツイッと伸ばした掌がレフラの手へと絡まった。拘束するような力はなく、ただ優しく絡まった指がその手を引き上げる。そのまま手の甲にキスを落とし、ギガイが伺うようにレフラを見つめた。 「約束を違える気はない。意地悪だったというなら気を付けよう。…ただお前を離したくなかっただけだ、だから悲しむな。…ちゃんと優しくする」 慣れない言葉に苦労しているのだろう。 「何と言えば良いか分からん」 もどかしそうに頭を掻くギガイを見つめるレフラの目が潤んでしまう。その様子を確認したギガイが目を大きく見開いた。 「すみません。何だか、嬉しくて……」 フフッと笑うレフラにギガイが何とも言えない表情を浮かべ、ソッとまた腰へと腕を回してくる。力で引き寄せる様子はなく、添えられているだけの腕だった。 「このまま離れずに座っていろ」 いつもと変わらない命じるような言葉に反して、声音には伺うような様子があるのが新鮮だった。胸の奥がきゅっと甘い痛みを訴える。 「…でも汗をかいていて……」 訴える声にももう力は籠もっておらず、すっかりギガイへ絆されている状況だった。 「汚くない、大丈夫だ。お前が汚い事なんてない。だから離れるな」 「…でも…」 「大丈夫だから、このまま腕の中に居ろ」 応えを促すようにキスをされてしまえば、絆された心では、レフラはもう「イヤだ」とは言えなかった。

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