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第112 静寂の宮 1
重厚な扉はそれだけで開く者を威圧しているようだった。まぁ、許された者にしか立ち入れない場所なのだ。それもあながち間違いではないだろう。リュクトワスと並んだラクーシュとリラン、エルフィルはわずかに顔を強張らせた。
歴代の御饌の為だけに設えられた、一部の者だけにしか知らされていない特別な宮。そこは主のプライベートな場所なのだから、それぞれが警備隊の小隊長として隊を日々率いていても、抱く緊張感は全く異なっている。
「取って食われる訳ではない。もう少し力を抜け」
扉を前に生唾を飲んだ3人にリュクトワスが溜息を吐いた。
「そうは言っても例の御饌様となれば、何かあれば即死罪の可能性もありますから、緊張はどうしても生じるかと」
リランの言葉に他の2人も大きく頷く。そんな姿にリュクトワスはハッキリと呆れた表情を浮かべて見せた。
いざという時の判断力も行動力も評価が出来る部下達だった。何よりも日々リュクトワスが信頼を置いて領地内の警備隊の小隊を任せているような人材だった。だが日頃は主と直接対峙する事など殆どないせいか、3人からはだいぶ浮き足立った様子を感じた。
「安心しろ。お前達が愚かな事さえしなければ、そこまでの事には成らないだろう」
「リュクトワス様、それって何の安心にもなりませんよ…」
愚行と判断されてしまえば、即死罪の可能性があると言っているような言葉は、リランの言葉を否定しているようで全く否定になっていない。3人の顔がより一層どんよりと曇っていく様子にリュクトワスが溜息を吐いた。
「用聞きの役とは言え、御饌様の専属の任に当たるのに気が抜ける訳がないだろう。まあ私は能力のない者を宛がったつもりはないからな、しっかり務めろ」
最後の言葉にようやく気が引き締まったのか、表情が変わった様子を確認してリュクトワスが目の前の扉へ手を掛けた。
見た目の重厚さに反して呆気なく開いた扉から宮の中へと足を進める。所々に備え付けられた採光窓から柔らかな光が差し込んで、建物の中も明るい造りとは成っていた。それでも進むリュクトワス達の足音しかしないこの宮には、生き物の気配らしいものが感じられず、ひどく寒々しくさえ感じられてしまう。
誰も何も話さないまましばらく進んだ後に現れたのは、装飾の美しい扉だった。その前に立ち止まったリュクトワスが、おもむろに扉をノックした。
「お休みのところ申し訳ございません。リュクトワスでございます。本日よりお仕えする者達のご挨拶の為にお伺い致しました。入室しても宜しいでしょうか?」
「はい、入って下さい」
主から伝え置かれて居たのだろう。中からスンナリと入室を認める声がする。耳障りの良い音だった。特に暗い訳でも、か細いような音でもない。ただ凪いだ湖を思わせるその音は、静かだと表すのが1番合っているような声だった。
だが女性にしては低い声音は後の3人にとっても想像と異なっていたのだろう。リュクトワスの背後で3人がわずかに顔を見合わせたようだった。
「失礼致します」
伺う言葉に許可が出た事を確認して、リュクトワスは目の前の扉の把手に手を掛ける。軽い音と共に開かれた扉の隙間から、途端に零れ出す青葉の匂い。
踏み込んだ部屋の中では、木々の間に白金の髪を輝かせたレフラが独り立っていた。
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