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第114 静寂の宮 3

「立場というのでしたらなおさらです。私は子を成す為の者ですから」 それが何だというのだろう。苦笑交じりに告げられた言葉の意図が分からなかった。 この黒族の世継ぎを産む。確かに御饌として嫁ぐ者へは求められる事だった。だが、次期族長の生母となる為の者ならば、なおさら貴ばれるべき存在なのだ。なぜそれが先ほどの発言へと繋がって、傅かれる事を戸惑うのか分からない。 レフラの言葉の真意を理解できないリュクトワスには、レフラの次の行動も読めなければ、自身の対応も決めかねていた。 何か言葉を返すべきなのか、それとも黙っているべきなのか。 リュクトワスが珍しく逡巡する。だが、時間としてはほんのわずかな間にレフラの中では、何らかの決着を着けてしまったのだろう。 「ですのでどうか頭を上げて下さい。お願い致します」 不意に陰りが消えた穏やかな微笑みと共に、レフラがリュクトワス達の前に(ひざまず)く。突然の動きに訝しむ間もなくスッとレフラが頭を下げてしまえば、リュクトワス達は唖然とするしかなかった。 主の寵妃である御饌から叩頭されるなど誰も予想ができなくて、リュクトワスを含め一瞬反応が遅れてしまう。 「レフラ様!お止め下さい!レフラ様が私共に頭を下げるなど!!」 「リュクトワス様達が上げて頂けるのでしたら、私も頭を上げましょう」 交渉ごとでしてやられる経験など殆どない。だがギガイをまるで幼子のように扱い頭を撫でるような、突拍子もない行動を取る御饌なのだ。そんなレフラ相手に、リュクトワスもなかなかいつもの自分のペースで進めきれない状態だった。 「分かりました。これで宜しいでしょうか?」 はぁ、と溜息を吐いて顔を上げたリュクトワスに倣い、後の3人も恐る恐る身動きするような気配がする。結局交渉に負けてレフラの意に沿った状況に思う所は色々あった。 「ありがとうございます」 ようやく上げられた顔にドッと疲れがのし掛かる。 それでも嬉しそうにフワッと微笑まれてしまえば、不思議と不快な感情は湧き上がっては来なかった。 (交渉でしてやられたハズなのに、不思議な方だ) リュクトワスの口元に自然と苦笑が浮かんでしまう。ラクーシュ等も同じような気持ちなのか、部屋の中は少しだけ柔らかな空気へと変わっていた。 ただそんな中で記憶に残った寂しげな笑み。今はもう穏やかに微笑んで、真っ直ぐにこちらを見つめる目には陰りはない。今の様子からはもう窺えないあの陰りが、小さな棘のようにリュクトワスの心にひっかかっていた。

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