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第115 静寂の宮 4
「申し訳ございません。顔が見えないと何だか不安になってしまって」
信頼関係を築くには日が浅い事に加えて、始まりが始まりなのだ。エクストルの行った蛮行を知る者はほんの一部だが、リュクトワスは当然その事を知っていた。
跳び族と侮られての事だという。もし同じように種族の上位性を笠に着て侮る者が居たとしたら、確かに向けられる顔が真実とは限らなくても、伏せた陰で舌を出されているよりは気が付くだろう。
レフラがそこまでを考えての発言だったかは分からない。だけどそう思えばレフラの不安だと言う気持ちも分かるようだった。
「今後は後に居る3人が用聞きとしてレフラ様へお仕えする予定になります。何か御用がございましたら、この鈴でお呼び下さい。どの者かがお伺い致します」
差し出した乳白色の鈴は黒族長にのみに許された、共鳴する特別な鈴だった。1つの石を割って作るそれは、鈴やベル状に形作って鳴るようにすれば発振器となり、球体に磨けば受信機となる。用聞きの為にギガイから賜って、球体の物は3人へそれぞれ持たせていた。
「いえ、これは要りません。皆様お忙しいでしょうし、こんな小間使の為に武人と成られた訳ではないでしょう。私にお時間を割いて頂く必要はございません」
真っ直ぐにリュクトワス達を見つめ返して告げる姿は穏やかながらも凛とした立ち振る舞いだった。だが独りが苦手な御饌なはずだ。熱を出したレフラを気遣いこの宮に詰めていたギガイと共にここへ居たのだから、リュクトワスは自分の目で見てそれを知っている。
しかも基本的に人払いがされたこの宮には不足があった時に気軽に要望を伝える事が出来る臣下も居なければ、痛いほどの静寂が占めるような場所だった。
素の姿があれならば、どこまで我慢をしているのだろう。
(この方も甘える事は上手くなさそうだ)
黒族長から御饌へ注がれる強引なぐらいの愛情は、遠慮がちなレフラへはちょうど良いのかもしれない。ただ今はまず、この鈴を受け取って貰わない事には困るのだ。リュクトワスは安心させるように口元に笑みを形作った。
「そんな訳にはいきません。それにこちらへ脚を運ぶのも、この者達もたまには職務を離れて良い気分転換にも成るでしょう」
そうだな?と視線を向けて促せば、優秀な部下達はしっかりとリュクトワスの意図を汲んだのだろう。3人そろってコクコクと大きく頷いた。ただ引きつった笑顔なのが頂けない。
(これは後で鍛え直すか。それとも…)
リュクトワスの不穏な空気を感じたのか、顔を青ざめる3人に、レフラがクスッと苦笑した。
「何だか気分転換に成るのは難しそうですよ」
「そんな事はございません。ただ日頃はギガイ様と関わり合う事が少ない者達ですから、緊張をしているだけです。これも良い精神鍛錬と成りますのでご安心下さい」
訓練で鍛え直すより、実戦として主と対面する方がよっぽど鍛えられるだろう。
(まあ死罪となるぐらい、愚かな事はやらないだろうしな)
極刑を基準として大丈夫か否かを判断するリュクトワスもなかなか酷い上官かもしれないが、日頃リュクトワス自身が仕える主が主なのだ。
(いざとなれば骨は拾ってやろう)
ギガイの側近として鍛え上げられた精神はそれを優しさだと思っているのだから、その非情さに気が付かないままレフラへニコリと微笑んだ。
「そ、そうですか……」
差し出された鈴を受け取りながら、レフラがリュクトワスの後の3人へ視線を向ける。その視線を追いかければ、鍛錬だと笑うリュクトワスに何か思う所があったのか。3人の笑顔はハッキリと強張っていた。
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