124 / 382
第124 静寂の宮 13 ※
「分かった、そんな事は言わないから泣くな。そんなに不安なら、手加減だってちゃんとしてやる。だからほら泣くな」
だけど実際に聞こえてきた声音は、記憶の声とは全く違う柔らかで、どこか焦ったような声音だった。
「気持ち良すぎて怖いと泣くなら良いが、こんな風に泣かれるとさすがに堪える」
トントンと背中を叩く掌にももう色さえ含まれた様子はない。今日聞いた声音の冷たさも雰囲気の冷たさもどこにもなく、ただただ優しく響くその声にレフラはようやく顔を上げた。
「どうする?もう今は止めておくか?」
「でもギガイ様が……」
当たる感触にレフラが戸惑ったように視線を向ける。屹立したそこは吐き出さなければ辛いはずだ。レフラだって同じようなモノを持っているのだから、それは体感として知っていた。
「お前が気にしなくても良い」
だが苦笑を返して終わりだとレフラの衣服を整え始めたギガイの姿に、キリキリとレフラの心が痛んでいく。レフラが気にする事ではない、と言うならばレフラ以外の誰かの元に行くのかもしれない。
黒族の長であるギガイの相手なら、望む者は多いはずだ。嫁いでから今まで一度も思った事さえなかった別な誰かの存在に考えが至って、レフラは冷水を浴びせられたような気持ちになった。
「……他の方とされるのですか?」
咎める権利はないのだろう。それでもレフラが相手を拒む事でギガイが誰かの元へと行くのならば、それはどうにか押し止めたかった。
「はっ?」
「もし他の方とするつもりなら、ここで私として下さい」
「…お前の思考回路はどうなってるんだ。何で突然そうなった?」
心底呆れたというような声でレフラを睨め付けてくるギガイの目が気まずかった。少し怒りを含んでいるようにも見える目から逃れようと、視線を外して縮こまれば。
「こっちを見ろ」
言外にますます怒らせたいのか、と冷たさを増した声に咎められる。恐る恐る向けたレフラの頬を「理由を話せ」とギガイの指先が撫でてきた。
「私が気にする事ではない、と仰っていたので…他の方の所へ行かれるのかと思ってしまって……」
「はぁ」
盛大な溜息を吐かれて、ツキッと走る胸の痛みを堪える為にレフラが唇を強く噛んだ。それを解くようにギガイの指先がレフラの唇を撫でていく。
「傷が付くからやめろ。それからお前以外にそんな面倒な事をする気にはならん」
「面倒なんですか?」
性の衝動は雄の本能のようなものだろう。相手を準備する手間があるならともかく、ギガイならその場限りの相手でも簡単に見つかるはずだった。予想外の返答にレフラが目を瞬かせた。
「私がそのまま抱くと相手を壊しかねないせいで力加減から何かと色々と配慮が必要になるからな。私がそこまでしても、抱きたいと思うのはお前だけだ」
真っ直ぐに見つめられたまま告げられた言葉にレフラの顔が熱くなる。きっと真っ赤に染まっているのだろう。
「分かったか?」
ククッと笑って尋ねるギガイの声は、楽しげで少し意地悪そうな声だった。
ともだちにシェアしよう!