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第126 静寂の宮 15

「お前を呼んだ覚えはないぞ」 怒声ではないが、いつになく冷たく響く声音だった。窓越しの日差しは柔らかく、清涼な樹木の匂いに腕の中からほのかに立ち上る花の香り。そんな穏やかな空間には似つかわしくない音だったせいか、レフラが身動いでギガイの方を見上げてくる。 「ギガイ様…」 レフラ自身へ向けられた怒りで無かったとしても、不穏な空気に不安を感じてしまうのだろう。向けられた瞳が心配そうに揺れている様子に、ギガイはわずかにオーラを和らげた。 「大丈夫だ」 ギガイが何度かその頭を撫でながら、リュクトワスの方へと目を向けた。 緊張した雰囲気で頭を下げる3人の前に同じように片膝を着いているリュクトワスからは、今日もいつもと変わらない雰囲気が漂っている。 「申し訳ございません。昨日のレフラ様へのお目通りの際にしっかりとしたご挨拶が行えていないため、改めてお伺いさせて頂きました」 嘘は言っていないのだろう。だけどそれだけが理由だとも思えなかった。飄々とギガイの言葉をかわして、何を成そうとしているのか。リュクトワスを眺めるギガイの目が細められた。 本来なら常に忠実な臣下として一線を(わきま)え、その一線を安易に超えるような事はしない男だった。そんな出しゃばった行動など日頃は決して取らない男だけに、ここ数日のリュクトワスの言動は、ギガイにはどうしても違和感があった。 反意を疑っている訳ではない。この男がそこまで愚かでない事は知っている。だからこそ苛立ちではなく、不審に思う気持ちが先に立つ。 「なるほどな。だが、それだけではないだろう。ここ数日のお前はいったい何なのだ。何を企んでいる」 「何も企んでなどおりません。先日も申し上げた通り、思うのはギガイ様の安寧でございます」 「…なるほど、あくまでも伏せたままという事か。まぁ良い。とりあえず後ろの3人も含めて顔を上げろ」 ギガイの言葉に低頭を解いた4人の顔が上げられる。リュクトワスの顔をギガイが鋭く睨め付けた。多少の威圧を込めたオーラはその場に居る者達を萎縮させるには十分だったようだ。 「だが仇をなす時はお前でも容赦はしない」 「心得ております」 返答するリュクトワスの顔もわずかな強ばりを見せていた。 「後ろの者達もだ。心しておけ」 リュクトワスの後ろに控えた3人の顔を順に眺めれば、こちらは青い顔で言葉が上手く出ない様子だった。 いつもならばそれで良かった。ただ同じようにこの場に居たレフラも圧に当てられたのか、身体が細かく震えてる様子に、どうも気まずくなる。 大切な御饌として慈しんでいるレフラへは一度も向けた事がないような威圧なのだ。 (日々慣れたリュクトワスでさえ効果があるぐらいだからな) 怯えるのも当然かと思い至る。服を掴む強ばった指先を解かせて握り込めば、指先はあまりに冷えていた。 「お前に向けた言葉ではない。大丈夫だから、怖がるな」 「…は、い」 なだめるような言葉をかけても、今のギガイの言葉はスンナリと心へは届かないのか、レフラの身体は固く強ばったままだった。その姿にギガイが思わずどうにかしろ、とリュクトワスの方へ視線を投げた。

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