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第130 有期の幸せ 1

射し込む光が白い壁に映えて、通路全体が明るい光で満ちていた。その中を進むギガイは黙ったままで、どこへ向かっているのかレフラは全く分からなかった。 行き先が気にならない訳ではない。でもそれよりもリュクトワスへ告げていた言葉の内容が、レフラの心をずっと捉えて離さなかった。 御饌を『唯一無二の価値』だと言っていた。御饌であるレフラの為にこんなに心を砕いてくれているのだと、ハッキリと告げる言葉だった。 御饌として求められている事は知っていても、そこまで大切に思われている事は知らなくて。与えられる優しさはこの主の気まぐれで、薄氷の上の日々だとずっとレフラは思っていた。 (それなのに、御饌である内は本当に特別にして貰えていたなんて) ずっと昔に諦めた、誰かの特別になる事や誰かと当たり前に過ごす毎日。得られるはずがないと思ってた時間を思い掛けず与えられた幸せに、レフラの心がふわふわと浮き立っていく。 (ずっと独りだったんです……) だから終わりがある日々だとしても、特別な誰かと一緒に居られるならレフラはそれでもかまわなかった。そんな浮かれた心のままに、口許が思わず綻びかける。唇に添えた手で何気ない風に隠そうにも抑えきれずに、レフラはポスッとギガイの首元へ顔を埋めた。 (確かこういう期間をバカンスって言うんでしたっけ?) 碧族(へきぞく)の一部の商人が過ごすという、特別な憩いの一時。終わりが確実に決まっている期間だからこそ平常では出来ない楽しみを、ここぞとばかりやるのだと聞いた事があった。 きっと今はレフラの人生の中のそんな期間なのかもしれない。その許された日々をどうやって過ごそうか、考えるだけでも楽しかった。 特別な誰かと一緒に居られるなら、やってみたかった事がいくつもあるのだ。特別な人と分け合う温もりも夢見た事の1つだった。 ただでさえ日々慈しまれる中でギガイへの想いは募る一方なのだ。例え同じ感情じゃなくても、大切だと思ってもらう中で交われるなら幸せだった。 愛された記憶はレフラのかけがえのない宝になる。でも同時に行為を重ねれば重ねるほど、終わりが早まる事が切なかった。 (子を成す為の存在なのにダメですね……) そんな考えを振り払うようにレフラはフルフルと首を振った。 「どうした?甘えているのか?」 一見すれば、首筋へ額をすり寄せているようにも見えるその姿に気が付いてレフラの頬が紅くなる。でもかすかに口角を上げて笑うギガイの柔らかな眼差しに、レフラは思わず腕を伸ばした。 ギガイの頬へ手を添えて、伸び上がるようにキスをする。チュッ。ほんの一瞬触れただけの唇から聞こえた小さな濡れた音。重なったギガイの目が大きく見開かれていた。 「甘えたかったんです。ダメですか?」 首を傾げて見せれば、一瞬何とも言えない表情を浮かべたギガイが自分の掌に顔を埋めた。低く唸るギガイの姿に不安が湧いてこないのは、特別に思われている事を知ったせいか、それとも自分の心境の変化なのか。分からないまま、思わずふふっと笑ってしまう。

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