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第133 非常な日常 1
開かれた扉と共に明るい光景が一気に広がり、レフラは眩しげに目を細めた。
「ここはいつも天候が穏やかですね」
「そうだな。ただあと1ヶ月ほどすれば雨季の時期がやってくる。そこから2、3週間ほどは雨が続きがちになるがな」
その言葉に浮き立っていたレフラの心が少しだけ沈み込んでいくようだった。雨となればこんな風に外に出る事は難しくなるはずだ。
レフラの身体が快感を覚えて以来、2日と空けずに身体を重ねている状態なのだ。子が宿るまでの時間はきっとそれほど長くはないだろう。2、3週間とはいえ、与えられた時間の有限性を思えばたったそれだけとは思えない期間だった。
「雨の日には、少し昼寝でも良いだろう。晴れた日の暖かい中でも良いが、雨音の中でお前と休むのも良さそうだ」
気落ちしている雰囲気に気が付いたのかもしれない。レフラの頬を掬い上げたギガイが慰めるように合わせた視線を柔らかく細めた。
「それに雨上がりの朝にしか見られない光景がある。もしタイミングが合えばそれを見せてやる」
「どんな光景なんですか?」
我ながら現金だと思いながら、雨の日でも共に楽しめる事があるのが嬉しくて顔が自然と綻んでしまう。
「その時まで楽しみにしていろ」
「そんな、少しぐらい教えてくれても良いと思います!」
一生懸命訴えるレフラへ返ってきたのは、口角だけでニヤリと笑う意地悪な笑みだった。
レフラが「ケチ…」と小さく呟いて頬をわずかに膨らませると、そんなレフラがおかしかったのだろう。顔を背けたギガイの肩が心持ち揺れているように見えた。笑いを押し殺しているような雰囲気にレフラがますますムッとする。
「ケチとはな、初めて言われたぞ」
それはきっとそうだろう。黒族長であるギガイ相手にそんな事を言うなんて自殺行為としか思えない。レフラだってここまで慈しんでもらえている、と分かるまでは同じように思っていた。
でも。
「じゃあ、コレは要らないな」
ギガイから向けられたのは、冷え冷えとしたオーラや声ではなく、悪戯めいた表情なのだ。それだけでも特別にレフラだけは許されている事を感じて胸の奥が温かくなっていた。
「なんですか?」
ギガイの掌の中で、何かが揺れている。角度によっては青みがかって見えるギガイの髪の色に似た深い濃紺の紐だった。
「髪紐ですか?」
細く柔らかい紐の所々には刺繍のように編み込まれた金糸と銀糸。ギガイの動きに合わせて光を返すその糸も、まるでギガイの目の色とレフラの髪色を彷彿させた。
「あぁ、お前用に特別に誂えさせた」
「……これを、私に…?」
広げた掌に握らされた髪紐は、触れただけで高価だと分かる品だった。
「あぁ。だが、ケチと言われてしまってはな……」
言葉と共に伸びてきたギガイの指からレフラは咄嗟に身を捩った。
「じょ、冗談です!ケチじゃないです!!」
ギガイの手から奪い返される事がないように胸元でしっかりと握りしめる。だがレフラの言葉で気が変わってしまったのか、手元に伸ばされるギガイの指には迷いがないようだった。
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