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第134 非常な日常 2

初めての贈り物だったから、少しだけ…いや本音ではかなり落ち込んでいた。それでも心が変わってしまったのなら仕方がない。伸ばされたギガイの指先に求められるまま、レフラは髪紐を握っていた手をそっと開いた。 一瞬だけ自分の元に送られた髪紐をギガイの指先が摘まみ上げる。何気ない風を装ってレフラはその光景から目を逸らした。 (足るを知る…って大切ですよね) 得られる物の中で、幸せを感じるべき立場だと分かっているのに、ツキンと痛んだ心が少し情けなかった。 そんなレフラの頭をクシャクシャとギガイの掌が撫でてくる。 「別に取り上げようとしている訳じゃない。結んでやろうとしているだけだ」 苦笑をしてレフラの頭を撫でたギガイの手がそのままレフラの髪を梳いていった。風にそよぐレフラの長い髪を手早くギガイの指が結い止める。太く雄々しい指が存外に器用に動く中、レフラは呆気に取られてされるがままだった。 「終わったぞ」 ギガイの掌がポンッと頭を撫でてくる。 これまでもこんな風に髪を触れる事があったのだろう。あまりの手際の良さに誰かの影を感じてしまえば、レフラの心が今度はギュッと、締め付けられるように痛みを訴えた。 「…お上手なのですね、ありがとうございます」 これが不相応な嫉妬でしかないと気が付けないほど無知ではない。でもそんな感情をそのまま表に出すような事も愚行だと知っていた。レフラはいつも通り口許に穏やかな笑みを貼り付けた。 「紐の扱いは野営や狩の基本だからな。髪紐を結った事がなくても応用すればこの程度はできる」 だけど聞こえてきたのは少しの呆れを含んだような声だった。 「お前はどうしても我慢をしてしまうな」 「我慢なんて……」 「いや、その時のお前からは甘える雰囲気が一切消えてしまうからな。今ではけっこう分かりやすいぞ」 日頃、それだけ無意識に甘えている事を恥じれば良いのか。それとも何気ない風を装ったつもりだったのに、筒抜けだった事を恥じれば良いのか。分からない状況でレフラの顔が熱くなる。 「申し訳ございません…みっともない真似をして…」 「違う、そういう事じゃない。何度でも言うが、私の為にも堪えるな。お前が離れようとしない限り、お前のどのようなワガママでも不興を買う事はないからな」 低めの位置で結ばれた白金の髪を一房掬って、ギガイが軽く唇を落とした。直近で向けられた眼差しは『分かったか?』と念押しをしているようだった。 その琥珀の瞳に捕らえられたままレフラがコクッと頷けば、ギガイの目が一層柔らかさを増していく。その目のまま「それに…」と頭を撫でる感触が心地良かった。 「貰った事が無いと言っていただろう?」 「……贈り物ですか?」 前に欲しい物を聞かれた時の何気ない会話をギガイが覚えていた事にレフラが目を見開いた。 レフラの為に誂えてくれたという髪紐。誰かが自分へ心を砕いて、何かをしてくれる。そんな経験がないレフラにはそれだけでも嬉しくて顔が自然と綻んだ。

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