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第147 無力感を知った夜

身を清めて新しい寝衣(しんい)を纏わせる。泥のように眠るレフラからは、あの酩酊しそうな花の香はもう漂ってはいなかった。 「何がそんなに不安にさせる?」 今はもう何の反応も返さないレフラの頭を撫でていく。応える者がいない問いは、痛みを堪えたような声だった。 縋るように熱を求める様子があまりにいつもと違っていた。身体も心も明らかに日中の疲れが見えていた。それなのに眠ることを拒絶して、あそこまで熱を求める理由が分からない。 だから身体を休めさせる為に、何も考えられず、夢さえも見れないぐらいに追い詰めた。ギガイが図ったとおり、今ギガイの傍で眠るレフラの顔は穏やかだった。 身体をレフラの横に滑り込ませ、腕の中にレフラをそっと包み込む。 想い出が苦しいと言っていた。このことについては、すでに跳び族での過去を調べるよう、リュクトワスへ指示を出している。 (だが、本当に想い出だけの問題なのか…?) 確かに独りを怯える様子は今までにも何度もあった。それでも今日のククの樹の下のように、腕の中で突然泣き出す姿は今まで見たことはない。 今までに見たどの姿よりも、ひどく苦しげに泣いていた。 嗚咽を押し殺しながら、ギガイの首筋へ顔を埋めて。その細い肩をずっと震わせていた。しがみつく両腕の力の強さは、そのまま不安の強さの表れだっただろう。 『聞かないで』 そう言っていたレフラ相手に問いかける言葉を飲み込んで、その身体をギガイは黙って抱えていた。これ以上ツラいと泣く姿は見たくない。怯えさせることがないように、優しく身体を抱え込みながらも心の中は決して穏やかとは言えなかった。 どこよりも安全に守ってやれるはずの腕の中だ。 「お前の為だけに得た力だ。何があっても守ってやる」 それなのに何に怯えて泣いているのか? 触れ合う温もりに癒される様子がないまま、泣き続ける姿はいつもとあまりに違っている。それはまるで迷子になった幼子が縋り付いて泣いているような姿だった。 (まるで居なくなることに怯えているような……) そこまで浮かんだ考えを、ギガイが首を振って打ち消した。 紛争が生じているわけでもなく、黒族長であるギガイを凌ぐ者も存在しない。また、「大切だ」と伝えて、つねに「離れるな」と言っているのも自分の方だ。 それならレフラの怯えは何なのか。分からないまま、ギガイは奥歯を噛み締めた。 震える身体を抱き締める腕はレフラの苦しみには届かない。擦り寄ってくる身に与える温もりも、その怯えの癒しにはなれていない。名前の分からない感情が心の内を占めていく。 ただ求められていることだけは確かだった。だから。 「お前だけが唯一だ」 無意識の中へすり込むように、言葉と一緒にキスをする。何度も「お前だけだ」と囁いて、繰り返しキスを落としていく。 唯一無二。それは黒族の長にとって決して大げさに言っているわけじゃない。 孤独な世界で共にいるただ1人の存在。それが御饌だ。 「私にとってはお前以外はどうでも良い」 だからどうか笑ってくれ。 怯えの理由が分からないまま、ギガイはレフラを守るように抱き締めた。

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