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第152 揺れる足元 5

「取りあえず、これ以上はする気はないから安心しろ」 頑張った、と労るためにギガイがレフラを抱え直して背を撫でる。心地よさそうな吐息を漏らして身体をすり寄せるレフラの姿にギガイがもう1度苦笑を漏らした。 手を伸ばし衣類をたぐり寄せて差し出せば、レフラが少し頬を染めていそいそと衣類を身につけた。 「あの3人へは、1時間ほどずらすように言っておく。少し部屋で休め」 「体調は大丈夫ですよ?」 コテンとレフラが小首を傾げる。 どことなく気怠さが残る雰囲気に、立ち上がる香もほのかに甘かった。情事の後だと感じさせる様子にギガイが心の中で舌打ちをする。 「ダメだ。部屋にいったん戻れ」 その雰囲気を他の誰かに見せることを思うだけで、ギガイの腹の奥が熱くなる。そのせいかもう1度戻るように告げた声は思った以上に固かった。 「…はい、分かりました」 言葉の雰囲気にまた自分を押し殺させてしまったのか、レフラの表情にわずかな陰りが見えていた。 これでは誰かを常に宛がうようにした意味がないと、ギガイが雰囲気を柔らげた。 「お前を咎めてのことじゃない。ただ、後だと伝わる雰囲気だぞ」 「…後ですか?」 沈んだような雰囲気で言葉を繰り返したレフラの頬が、一呼吸の後ボッと音でも聞こえそうなぐらい一気に紅く染まっていく。 「だ、だから夜にって言ったんです……」 小さな声ながらも、レフラが恨みがましく抗議する。もともと羞恥に弱いせいか、真っ赤な顔でむくれている表情も薄らと涙が張っていた。 そんなレフラの懸命な姿に反して、ギガイが思わず笑ってしまった。 「ギガイ様!!」 本気で機嫌を損ねたのか、怒っているのだとハッキリ告げるような険しい視線が向けられる。 これ以上はマズいだろう。ギガイが笑いをどうにか堪えて、柔らかく眼を細めた。 「お前を軽んじて笑ったわけじゃない。お前の素直さが好ましかっただけだ。私を睨み付けるのはお前ぐらいだと思ってな」 「…あっ…も、申し訳ございません…不躾なことをーー」 改めて指摘されたことで咎められたと思ったのか、レフラの視線が狼狽えたようにさまよって、伏せられた。その顔をギガイの掌が掬い上げる。 「お前ならかまわん。咎めるのならとうの昔にやっている。それに…本来なら自分を押し殺して従順で居られるよりは、素であるお前が望ましいからな…」 親指の腹で小さく開かれた唇をなぞって、触れ合うだけのキスをする。何か言いたそうにも見える唇は、何も告げることなくギガイのキスを受け入れていた。 レフラから拒絶をされた初めの頃。 ありのままのレフラ自身は手に入らないのだと思った時から、手元に繋ぎ止めきれるならどんなレフラであっても構わないと思っていた。 それこそ壊してしまっても、壊れたレフラを愛しもうとさえ考えていた。 だから仕置きと飴を繰り返して従うべき者をすり込んだ。 離れないように命じる言葉に、逆らうことさえ思わないように。 それしかないと思っていた。 でも躾の方法を変えた時に、優しさを与えれば与えた分だけレフラの心が解けていくさまに、ギガイの思いも解けていた。 まるで水を注がれ花がほころぶように、少しずつ見える素のレフラが愛おしくて。 躾という考えが霞んでいく状況だった。 順調にいったと思いながらも、時折頭を過るのが、他に方法があったのではないかということだった。 そんなことを思ったとしても意味がないと知っている。 結果が全てで生きてきた。 どのようなことでさえ悔いることを許されず、悔いる時間があるならば、挽回に時間を回す必要があった。 ギガイ自身もそれで良いと思っていた。 それでもほころぶように笑うレフラの姿を見る度に、辛さに泣き濡れていた日々の姿が思い出されてしまうのだ。 (らしくないな、本当に…) あの日々が今に繋がる日々ならば、それで良かったはずだと思いながら。 その選択が正しかったのか、知る日がいつかは来るのだろうか。そんなことが頭を過る。 「堪えるな。偽らないお前で居てくれ」 1度は手に入れることを諦めたギガイにとって、それがどれだけ嬉しいことか。それはレフラにもきっと分からない。でもそれでも良い、とギガイは思った。

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