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第165 揺れる足元 18 ※
かぼそい嬌声と熱い呼吸。結合部から聞こえるグチュグチュと泡立つような濡れた音。聞こえてくるのはせいぜいそんな音だけだった。そんな中で何かを告げるレフラの掠れた声が聞こえてくる。
浴室で聞いた謝罪と仕置きを求める言葉いらい、まともな言葉は聞いていない。
(掌を治療している最中でさえ、ずっと黙り込んでいたからな)
始めに謝罪がはね除けられた事が堪えたのか、それとも自分から仕置きを懇願したからなのか。ずっと嬌声や嗚咽以外の言葉を飲み込んで、堪え続けている様子が見えていた。
(たしか『お前が言った事だ』、そう言われるのが苦手だったはずだ…)
それを思えば心が痛みを感じない訳じゃない。
初めの頃とは違って快感に馴染んでいる身体さえも、急速に開かれた状態でずっと嬲られ続けて心身はとうに限界を超えているのだろう。
ただ揺さぶられ、与えられる刺激に跳ねるだけの身体はもう自分の意思ではほとんど動かせる様子もない。痛ましい状態にギガイの顔にも苦々しい表情が浮かんでいた。
こんな状況など望んでいなかった。だがこの扱いを悔いる気も、改める気も今回ばかりは全くなかった。
ギガイにとって何よりも大切なレフラの存在を損なう者は、例えレフラ自身だとしても許すことはできなかった。
(お前自身がお前を傷付けるというなら、そんな気が起きなくなるように躾けてやろう)
それでも変わらないならば、ずっとこの寝台の上に繋いで真綿にくるんでしまえば良い。
例えそれで再びレフラの泣く日々が続くのだとしてもギガイにとっては厭わなかった。
(これで反省したのならば、それで良い。まだ反省が足りないならば、何度だって教え込んでやる)
何かを呟いているレフラへ躾の効果が出ているのかは分からない。それでもすでにさんざん追い詰めた状態なのだから。どのみち明日はろくに動けはしない。
(解放を懇願しているのなら、そろそろ離してやる)
そう思いながら掠れたレフラの声に耳を澄ました時。
「…ギガ、イさま…ギガイ、さま………」
解放でも制止でも、許しでもなく。
聞こえてきたのは、ひたすら自分の名前を呼ぶ声だった。
恐怖に引き攣ったような声ではない。だが必死に呼び止めるような、あまりに切ない声にギガイの動きが停止した。
不安な声。怯えた声。そんな声で名前を呼ばれたこともあった。同時に悪戯染みた時の声や、幸せそうに呼ぶ声や安心しきった声で名前を呼ばれた事も思い出す。
今までさんざん呼ばれてきたどの声にも一致しない声に、ギガイの胸が締め付けられる。
七部族の長として常に即断が必要だったギガイにとって、決断を迷ったことは1度もなかった。それなのに、今は何が正解なのかが見えなくなる。
どれだけ泣かれようとも損なうぐらいなら躾の日々に戻ることさえ厭わない。そう思った直後なはずなのに、決断を貫くことさえ難しかった。
「…もう、良い…分かった…だからそんな声で名前を呼ぶな……」
手早く拘束を解いてその身体を抱き寄せる。力がもうろくに残っていないのだろう。されるがままに抱き寄せられたレフラがぼんやりと視線を合わせてくる。
「……目が…」
「目が?どうかしたのか?」
「ギガイ、さまの目が…はちみつ…いろ…」
良かった、と呟いて泣きじゃくり始めた姿にどうして良いのか分からないまま、ギガイは横抱きにしたその頭をひたすら撫でていた。
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