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第168 誤りを正して 1

「体調は大丈夫ですか?病み上がりですから無理はされないで下さいね」 色々重なって蓄積された身体の疲労からか、それとも心の淀みを吐き出せた安堵感からなのか。原因は色々考えられる状況の中、再び熱を出して3日間ほど寝込んだレフラが、外へ出る許可をギガイからもらえるまでに1週間は経っていた。 「申し訳ございません、せっかくギガイ様との稽古を楽しみにされていたのに……」 「とんでもございません!まずはレフラ様のお身体あっての事ですから!なかなか熱が下がらないご様子にギガイ様も心配されていたので、本当に回復されて良かったです」 ラクーシュの言葉に他の2人も、その通りだと大きく頷いていた。 「心配されておりましたか……?」 「はい、それはもう。端から見てもハッキリと分かるぐらいの状態でございました」 「始めて拝見するようなお姿でしたので、やはり驚きました」 リランとエルフィルの言葉につられてその光景を思い出したラクーシュも興奮しているのか、2人へ同意する声が大きくなる。熱でぼんやりとしていた3日間のことはあまり覚えていなかったが、彼等がそう言っているのなら、本当に心配してもらえていたのだろう。 だけど、それならどうしてだろう。 与えられる温もりも優しさも今までと何も変わらないはずなのに、どこか違うように感じられてしまうのだ。 何かを報告しに来たリュクトワスを連れ立って、レフラ達から距離を取ったギガイの方へ視線を向ける。 今日だって髪を結ってくれて、いつものように琥珀色の目で微笑んでくれた。 まるであの日がなかったかのように、過ごす2人の時間は穏やかだ。 だけどそんな表面上は変わりがない状況で、ギガイから何となく感じる違和感がレフラの心をざわつかせる。 何かが違うと思いながら見つめていた時に、手元の資料を捲っていたギガイがレフラの方へ視線を投げた。何かを確認するように、それでも絡まらなかった視線にレフラがコテンと首を傾げる。 「どうしました、レフラ様?」 「いえ、いまギガイ様がこちらを見ていたような気がして……」 「ご様子を確認されただけではないですか?」 そんな言葉を聞きながら、なぜかあの視線も手元の資料も気になっていた。 2人が話している位置なら、普通はここからでは声は聞こえてこない。レフラが聞いても良いような話でないから、そこまで離れたのだと分かっていた。 七部族の長であるギガイの職務上の情報をレフラが知るべきではないはずだ。それもちゃんと分かっている。 だけど手元の資料と一緒に一瞬向けられた目が、胸騒ぎのように気になってしまうのだ。 (少しだけ…何でもないって分かればすぐに止めますから……) 普通なら聞こえてこない音を拾い集めるように、跳び族の耳を集中させる。途端に拾い始めるさまざまな音に乗って、リュクトワスの声が届いてきた。 『かつてより跳び族の中での習慣的な扱いではあるようです。彼等にとっては庇護を引き換えとして献上する者なため、損なう訳にはいかなかったということだと思われます』 『献上とはな…まるで生贄や供物といった扱いだな』 その言葉が聞こえた瞬間に全身の血の気が引いていく。耳の奥がドクドクなって、それ以上の音が聞こえてこなかった。 「…どうして、供物だって……」 これが自分の声なのか、それすらも分からなくなるぐらい不快な音が耳の奥で鳴り響いていた。 「レフラ様!?どうしました?」 「顔が真っ青だ、ギガイ様を呼んでくる!」 「とりあえず、ここへ横になって下さい」 慌てたような3人へ首を振りながら、レフラが後ろへ後ずさった。 「聞かないでって言ったのに……」 「なにをですか?」 「どうしたんですか?」 異常に気が付いたギガイ達が駆けてくる様子が見えていた。手に握られた何枚かの書類。きっとあの中にレフラが最後の時まで隠していたかった惨めな日々が載っているのだ。 ギガイの呼ぶ声が耳奥の不快な音に混ざり合う。 ただ今はその音をどうにか消したかった。 「どうして…いやだ…いやだーーーーッ!!」 張り上げた声が全ての音をかき消した。

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