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第169 誤りを正して 2

「レフラ様!!」 絶叫のような声と共に、突然踵を返したレフラがギガイやリュクトワスがいる場所とは逆の方へ走り出す。 「早い!!」 最弱種族と言われる跳び族が争いの場に立つことはほとんどない。そのため、他種族の者が跳び族の俊足を目の当たりにすることはめったになかった。 だが種族の特性として言われる能力なのだ。初動が遅れた状態では、いくら黒族で鍛えた武官であっても追いつける状態ではなかった。 「どけ、私が追う!上にお前らは回り込め!」 背後から聞こえた声に先を走っていた3人が左右に割れて道を開ける。 「ですが、この先は岩壁で行き止まりです」 「あの程度なら、越えるぞ!!」 スルッと姿が解けて巨大な狼の姿で地を蹴ったギガイが一瞬で3人の横をすり抜けた。 「どういうことだ!」 それを見送るしかなかった3人の横に、並んだリュクトワスが険しい顔を向けた。 だが報告するべき言葉に詰まる姿は、即答が望めない様子だった。リュクトワスが上へ戻るために踵を返す。その後を続いて走り出した3人が走りながら直前の様子を報告をする。 「では『供物』と仰っていたのか?」 「はい、その後に『聞かないでと言った』と話されて、そのまま叫ばれてしまって、原因が分かっておりません」 「……ギガイ様との話が聞こえてしまったようだ」 「まさか、あの距離の会話をですか!?」 「跳び族の持つ能力なのだろう。さっきも見ただろう、あの我々でも追いつかなかった脚力を」 種族の特性として持つ能力は、他種族の者の想定を越えることがまれにあった。特に表舞台で見ることのない跳び族なだけに、その能力の詳細は知られていない。 「とりあえずこんな状況だ、お前達3人は知っておけ」 走りながら渡された書類へ素早く目を通す。レフラ自身が知られることを望んでいないと知りながら、過去を暴くことに躊躇いがないわけじゃない。 だが、あまりに異なる状況なのだ。御饌への認識や扱いが、この黒族と跳び族では。 「…だからあんなに(かしず)かれることを抵抗されていたのですね」 初めて顔を合わせた宮で『子を成す為の者』だと言っていたレフラの凛とした姿を思い出す。『この手で何かを成したい』と笑っていた姿は前を向いていた。 「強い方ですね…」 「あぁ、そうだな」 自分の種族を守るために子を成す為の道具として、全く知らない種族へ供物として捧げられる状況なのだ。 そんな報告にあったような不遇でさえも、自分の定めだと受け入れて前を向いているのだから。 「私達が思っていた何倍も強い方なんだろうな」 だがそんな、あるがままの状況を全て定めと受け入れてきたレフラだからこそ、今さら湧き上がる不安があった。 (あの愚か者のあの日の行為は、レフラ様の中ではちゃんと過去のことなのか?) 心のキズが癒えていれば良い。だけどそんなキズさえも仕方がないと飲み込んでいたら。 あまりに普通な様子のため、そのキズの存在に思い至ったこともなかった。 (もしも、ギガイ様でさえお気付きでなかったら…) リュクトワスの背に冷たい汗が流れていった。

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