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第170 誤りを正して 3

岸壁を跳ね上がるように登りきり、石塀を飛び越えればそこは市場の路地裏のようだった。 ラクーシュ達と同じ装備を身につけた男が2人。突然塀を越えて現れたレフラに一瞬驚いたあと、鋭く睨み付けてくる。 「お前は何者だ!なぜそんなところから現れた!?」 退路を断とうとしているのだろう。前後を挟み込むように立ち位置を2人が移動する。だが自分でさえ登りきったこの場所を、ギガイが越えてこれないとは思えない。こんなところで足止めをされてしまえばすぐに捕まってしまうはずなのだ。 もしここを越えてこないとしても、この2人はあの3人と同じ武官なのだろう。捕まってしまえば、引き渡されることは確実だった。 それなりに横幅のあるこの場所で、脇をすり抜ける事を想定されているはずだ。 「どいて下さい」 ムダだと思いながらもお願いしつつ、レフラは一歩踏み出した。ここから早く立ち去りたかった。なぜこんなに逃げ出したいのかは分からない。それでも今はまだギガイと向き合えるぐらい、心は強く持てなかった。 正面から走り込んだレフラは軽く地面を蹴った。そのまま男の顔面を踏み台にして、クルリと頭上を越えていく。 一回の跳躍で男の頭を越えることはできる。それでも、ここまで跳ね上がると思っていなかった油断を突いてその上で顔面へ蹴りを入れるような状態の方が、ただ上空を越えるより捕まえにくくなることを知っている。 案の定、鼻骨へもろに踵が当たってしまったのだろう。背後から男の痛そうな声が聞こえてきた。 それでも振り返ることなく「ごめんなさい!」と叫んだレフラが人通りの多い場所へ逃げ込んだ。 大きな市場の中央に近いのか、さまざまな店が所狭しと並んで活気づいている。すれ違う人々の外観も異なり、黒族以外の多くの種族も行き交っている様子だった。 木を隠すなら森の中だと良く言われる。 紛れるには望ましい場所なのかもしれない。だけどこんな土地勘もなく、これだけの多種族が存在する場所で佇んでいられるほどにレフラの心は安定している状態ではなかった。 どこか落ち着ける場所で座り込みたかった。そこで1人になって、知られてしまったこの状況をどうすれば良いのか考えたかった。 「ギ、ギガイ様!?」 だけど背後からどよめく声が聞こえてくる。 そしてその声は大きくなりながら、さざ波のように確実にレフラの方へ近付いて来ていた。 その波から逃げ出すように再びレフラが走り出す。ただあまりに動揺していたせいで、ろくに周りが見えていない状況だった。 走り出した瞬間にぶつかった身体は、尻餅をつくような姿勢で石畳の上に転んでしまう。その上、突然のギガイの出現で誰もそんなレフラの方へ気を払っていない事が災いした。 「痛えな骨が折れちまっただろう!何してんだてめぇ!!」 「お前がそんな柔なたまかよ!それに見てみろよ。これ跳び族だろ。なかなか上等な落としもんじゃねぇか!」 品のない笑い声を響かせる明らかに柄の悪い男達だった。一般の黒族男性よりも大きな体格の男達は熊を祖に持つ紫族(しぞく)の傭兵達かもしれない。 身の危険を感じて逃げだそうとしたレフラよりも一瞬早く、男達の手がレフラの手を捕らえて持ち上げる。そうなれば頼りの足も使えずに、細いレフラにはこの男達を振り切れる術など持たなかった。 「ふっうぅぅぅ!!!」 「警備隊が来ちまうと厄介だからな、大人しくしてろよ」 口を大きな掌で覆われて、そのまま近くの建物の中へ連れ込まれる。必死に手を外へと伸ばしたレフラの目の前で扉は呆気なく締められた。 そうなればもう、レフラがここに居ることを知っている者は居なかった。

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