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第177 誤りを正して 10

「いや、です…」 「難しいことは何もない。お前はただこれを握っていれば良いだけだ」 手を重ねるように柄を握り込まされた腕は、たったそれだけで振るう事もできなくなる。短剣を振り落とすことが出来ないまま、そっと身体を引き寄せられた。 「まっ、まって!いやです!ギガイ様止めて下さい!!」 ゆっくりと伝わってくる剣が肉の繊維を断つ感触に、レフラが恐怖に引き攣った声を上げる。ギガイの口から漏れる息もわずかに苦痛の色があった。 それでもかまわずグイッとギガイがレフラの身体を引き寄せようとした時、パキンッと金属が折れる高い音が聞こえてきた。 視線を落とせば、刀身がまだ露出した状態で短剣が根元から折れていた。 「やっ、いや!ギガイ様!どうして!」 ギガイの腹に刺さった短剣と、そこから滲み出る血にレフラの顔が青ざめる。 「な、何でこんな事を!!」 「私もお前に言っただろう。お前は私にとっての唯一だと。お前以外は不要だと。昔からずっとお前だけを求めていた。お前のためだけに力を磨いた。そんなお前を失って私が冷静でいられるはずがない」 「そ、そんな…なら、なら、なぜ他の臣下の方へ身体を開かせたりしたのですか!」 「あれは私の指示ではない。あの男の勝手な振る舞いだ。だからあの男は処分した」 「でもその後だってギガイ様はそんなこと一言も仰らなかった!それどころか、強引に私を抱いていらっしゃったじゃないですか!」 「私の采配のミスだった。だから挽回策を模索した。起きたことをなかったことにできない以上、それ以外に術がなく、またそうするべきだと思っていた。それに強引に抱いたあの時は、お前に拒否をされたと思ったから冷静では居られなかった…」 一息で告げたギガイが熱い吐息と小さなうめき声を上げながら、ずるりとその場に腰を落とした。 「ギガイ様!待ってて下さい、いま誰かを呼んでーー!」 その姿に駆け出そうとしたレフラの手を「ここに居ろ」とギガイが強く握りしめる。決して放さないと言わんばかりの力と、縋るように見えた目にレフラが横に座り込む。 苦痛に眉を寄せながら身体を引き寄せたギガイが、レフラの頬をまたそっと撫でていく。まるで覚えておくように辿る指に苦しくなる。 「ずっとずっとお前だけを求めてきた私だ。どんな事をしてでも失いたくなかった。失わないために、逃げ出す気をなくさせるしかないと思った」 「そんな……」 「それでも愛しめばお前を幸せにしてやれると思っていた。この腕の中ならば、どんな憂いからも守ってやれると思ったはずなのに、抱き上げたお前は辛いと泣いていた……」 「……」 「なぁレフラ。傷付いたお前に私の言葉が届かないこの状況で、もう私の選択が誤りだった事を今では分かっている。だがそれを補う挽回策が思いつかないのだ……」 「まち、がい…だったん、ですか……?」 「あぁ…。ただ、あまりに多すぎた過ちに、今さら何をしても愚策にしかならないようだ。だからお前が求めるなら、私を殺して自由を得ろ」 「な、何で…何で、そんな風に言うんですか! わざとじゃなかったんでしょ!? 間違えたって今は思うんでしょう!? なら、ごめんなさいってギガイ様も謝って、ただやり直せば良いじゃないですか!!」 悲しくて、苦しくて、でもそれよりもすごく腹が立って、思わずレフラはギガイを怒鳴りつけていた。 誰よりも大切だとレフラだってギガイのことを思っているのに、そんな自分に殺せと言うのだ。これほど酷いことなんてない。 今まで経験した何よりも腹が立って、御饌だとか、隷属だとか、黒族長だとか。そんなギガイへの遠慮なんかは全て吹き飛んでいた。 「……私が、謝る……?」 「こうやって私に殺されてやるぐらいなら、謝るぐらい良いじゃないですか!! 謝るよりは死ぬ方がギガイ様にはマシなんですか!?」 「いや、そうではない…ただ、謝ったことがないだけだ……責任から逃れきれない以上は、謝って許しを得られる立場ではないと…その行為を認められたこともない…」 「他の方は分かりません! でもギガイ様の孤独に寄り添える唯一だと仰るなら、私にはちゃんと謝って下さい! 私だけは何があってもギガイ様を許します。それで済まないことだって言うなら、一緒に方法だって探します! それで誰かの迷惑になるなら、一緒に怒られて、責任を取ったって良いです! 私はちゃんとギガイ様と一緒にやり直すから、間違えたって思うなら、謝って…そしてまたやり直して下さい……ギガイ様を殺せだなんて…言わないで…いや、です…ぜったい、それだけは、いや、です……」 「そうか、分かった…もう言わん…。その…済まなかった……」 バッと顔を上げたレフラの目の前で、情けないような微妙な表情を浮かべたギガイがレフラの方をうかがい見ていた。 「はいっ!許します、でも2回目はダメですからね!」 ギガイが豆鉄砲を食らった鳩のようにレフラの言葉に目を見開く。その後クククッと笑った瞬間、傷口に触ったのだろう。うめき声をわずかに漏らした。

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