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【新年2021・番外編】牛になった兎の小話

ジャーン。 そんな音が聞こえてきそうな様子だった。 ニコニコとラクーシュが差し出した物を、レフラはキョトンと眺めていた。 「……これは、何ですか?」 「洋服ですよ。着ぐるみパジャマって、いうやつです。広げてみて下さい」 ラクーシュに促されるまま、受け取った洋服を広げ始めたレフラの側で。 「お前はバカか! 何て物を渡してんだ!」 リランの鋭いスイングが、ラクーシュの後頭部にヒットしていた。 パコーン。 「いってぇぇ! 何しやがる!?」 心地良い音を立てた打撃に、ラクーシュが涙目に成りながらリランの胸ぐらを捕まえる。 「あはははは!!」 その横で、エルフィルが腹を抱えて笑っていた。 騒がしい3人に目を白黒させながら、レフラは広げた服にコテンと小首を傾げた。 「……牛ですか?」 前の部分に隠れるようにあるボタンを開けば、服が開いて脚を通せるようだった。 「レフラ様、こんな物を受け取る必要はありません。私の方で処分しておきます」 さっさと回収してしまいたいのだろう。 レフラから服を受け取ろうと、リランが手を差し出してくる。 「なんでだよ! 可愛いだろう! 絶対ギガイ様も喜びますよ!」 だけど、させるか、とラクーシュがリランへ体当たりをかましていた。 「この変態め! こんな物を買ってくるな!」 「買ったんじゃねぇよ! 昨日の部下との飲み会で、クジが当たったんだよ!」 「あっ、あの。待って下さい、喧嘩はダメです、喧嘩しないで下さい……」 「あはははは! 大丈夫ですよ、レフラ様。こいつらは放っておいても平気ですよ」 オロオロするレフラを前に、1人笑い転げていたエルフィルが、涙を拭きながらレフラを2人から引き離した。 「っで、どうされますか?」 エルフィルが相変わらず笑いながら、レフラの手の中の服を指差してくる。レフラは改めて、その服を広げて、クルクルと前後を返しながら見つめてみる。 「しっぽも付いているんですね」 「付いていますね」 「この胸元のベルは、うるさくないんでしょうか?」 「それほど大きな音ではないので、大丈夫だと思いますよ」 「肌触りがふかふかします」 「そうですね、心地よさそうですね」 服を撫でて見れば、その肌触りはかなり良い。 その心地良さを堪能しながら、レフラはうーん、と唸ってしまった。 「……似合うでしょうか?」 「レフラ様は何を着ていても、似合うと思いますよ。それにいつもと違う姿も、けっこう男はそそられますから」 「ギガイ様もでしょうか?」 アハハハ、と笑うだけのエルフィルに、レフラはまたうーんと唸りながら、取りあえず服をギュッと抱きしめた。 「どうした?」 いつもなら扉を開けたタイミングで、近付いてくるレフラだった。だが、今日は隣の寝室から掛け布を引っ張ってきたのだろう。頭からシーツを被ったまま、大きなソファーにぺたりと座ったままなのだ。 「どこか体調が悪いのか?」 手早く近付いてきたギガイが、レフラの方へ手を伸ばす。 「大丈夫です」 そう言ってギガイを見上げたレフラの頬が、すこし赤くなっている。 「だが顔が赤いぞ、熱がないか?」 「本当に体調は悪くないんです」 だけど熱を確認するために、額に触れようとしたギガイの手を、レフラはキュッと握って押し止めた。同時に振った首の動きに合わせて、カラン、とベルが軽やかに鳴る。 「ベルの音?」 ギガイが不思議そうな顔をする。 その目の前でレフラが、被っていた掛布をパラッと下へ落とした。 「……似合ってますか?」 「……」 「……ギガイ様?」 唖然とした表情で、絶句しているギガイを前に、レフラがうろうろと視線を彷徨わせた。 「あ、の……似合わない、のでしたら、脱いできます……」 ギガイの無言が居たたまれなくて、顔が熱くなるのを感じながら、レフラはギガイの横をすり抜けようとした。だけど、それよりも早く、ギガイの腕が、レフラの身体を抱え上げる。 「可愛らしいと思うぞ」 「本当ですか? おかしくないですか?」 「あぁ、私の為に着たのか?」 「……はい」 指摘の通り本当に、ギガイに見せる為だけに着た格好だった。それでも、改めて言われると恥ずかしくて、レフラは思わず俯いてしまう。 その動きに合わせてまた「カラン」とベルが軽やかに鳴った。 「あっ、ベルも尻尾も付いているんですよ!」 恥ずかしさをごまかすように、レフラがホラッとお尻を向ける。 「あぁ、本当だな」 その尻尾をギガイの掌がすくい取り、そのまま付け根の方へと指を沿わせた。 「ヒャッ!」 辿り付いたギガイの手が、そのまま洋服越しにレフラの臀部を軽く揉んだ。 「この服は私以外の前でも着たのか?」 「い、いいえ……着ていません……」 「そうか、なら良い」 突然どうしたのか、とレフラは動揺しながら、ギガイの顔を窺い見た。 「それにしても、その服はどうした?」 「ラクーシュ様がクジで当たったのを、持ってきて下さいました」 「……ほう、ラクーシュがな」 一瞬だけ、ギガイの声音が低くなったようだった。 だが、あれっ?と窺うように見たレフラへ、ギガイが向ける表情はいつも通りの穏やかさだ。 「はい! いつもと違う格好はどうですか? こういう格好はお嫌いですか?」 「キライではないぞ。愛らしいとは、思っている」 目を細めたギガイが、レフラの首元へ手を伸ばす。そこで揺れる小さなベルで遊ぶように、指先で弾いてカランと鳴らした。 「良かった! 今回は牛ですが、ギガイ様と同じオオカミとかがあったら、素敵ですね!」 レフラはそんなギガイへニコニコと微笑みながら、身体を擦り寄せた。 「何か最近、俺の仕事量がばかに増えてねぇか……?」 リュクトワスから渡された書類を捲りながら、ラクーシュが顎に手を当てた。 レフラの専属の護衛として配属を受けて、宮の維持に関わる外部との調整にも、3人が携わる事も増えている。だけど、ここ数日のバランスが、明らかにおかしい気がするのだ。 「さぁな」 そんなラクーシュを、リランが呆れたような目で見ていた。 「まぁ、それが答えなんじゃないか?」 エルフィルが、ニヤニヤ笑いながら、ラクーシュが持っている書類の一文を指差した。 そこには。 「3日以内に、オオカミの着ぐるみパジャマを探してこい」 と、ハッキリとした指示が載っていた。

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