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第1 雨季の時期 1
雨の音に交じって紙の音や、指示を出す声、そして時折ノックが聞こえてくる。
「…ギガイ様……私はなぜここに居るんでしょうか……」
そうやって多忙そうなギガイへようやく質問できたのは、中の間と呼ばれる場所の執務室に連れて来られて、数時間が経った頃だった。
とはいっても、一瞬ギガイの手元から書類が離れたタイミングで、声をかけただけなのだから。
「私のそばに居ることが不満なのか?」
そう言ったギガイは、レフラの頭を軽く撫でながらも、視線を向けてくれる様子もなかった。
「まさか! おそばに居られるのは嬉しいです……」
「なら、問題はないだろう」
飄々とそう言いきったギガイへ、レフラは違うのだとズボンを引っ張って訴えてみる。
「そういうことではありません! あまりに私が場違いで……居たたまれません……」
「そんなことはない、気にするな」
「ムリです、 気になります!」
だっていまのレフラがいる場所は、執務室の大きなソファーに腰掛けたギガイの脚の間の床なのだ。
床といってもふかふかなラグに、数多のクッションを与えられて、ソファーとギガイの脚にもたれれば、かなり快適に過ごせはする。
だけどここは、日頃ギガイが執務を行っている場所なのだから。いつもの宮とは違って、この場所への入室を許された人はかなり多かった。
そんな色々な人が入る度に、レフラへ一瞬ギョッとした視線を向けてくるのだから、レフラにはあまりに居たたまれなくて仕方がない。
「そうか、だが慣れろ」
「そんな!」
レフラがいまできる精一杯の抗議だった。だけど多忙なギガイはもう取り合うことを止めてしまったのか、次の書類を見つめ始めてこれ以上の返事が返ってくる様子はない。
聞く耳を持たないギガイへの説得を諦めて、助けを求めるように、レフラはそばにいるリュクトワスへ視線を向けた。
だが返ってきたのは苦笑交じりの笑顔だけだった。
黒族では族長が絶対的な存在だということは、もうレフラだって分かっている。自分がギガイへするような対応は、他の民にとっては本当にありえないことなのだろう。
だからギガイ相手に共に説得してくれるなんて、もとより期待ができない事は分かっていた。それでも状況も何も分からないまま視線にさらされていてはレフラだって気が滅入ってしまうのだ。味方が1人も居ないのではツラくなる。レフラは思わずガクッと肩を落とした。
そんなレフラへ向かって、もう一度リュクトワスが苦笑を浮かべていた。
「ギガイ様、一度そちらを終えられましたら休憩を挟んで頂くのがよろしいかと存じます」
はっきりとした味方はできなくても、手助けはしてくれるらしい。
突然のリュクトワスの言葉に訝しげな顔を上げたギガイへ、リュクトワスが視線だけでレフラの存在を訴えていた。
「さすがに通しとなると、お辛いかと存じます」
ようやくギガイの視線が向けられて、レフラがコクコクと何度も頷いてみせる。せっかく与えてもらえたチャンスにレフラは必死な状態だった。
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