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第37 徒花の毒 2
「……どうされましたでしょうか? 何かご不興でも?」
「なぜお前にそれを説明せねばならない? 今後はお前の酔狂に付き合う気はない」
早々に戻ろうとしていたところだった。ギガイが眉を寄せて、不快な感情のままに溜息を吐く。不興を買うというならば、まさしく今がその状況だった。だがそんな状況に気が付かないのか、それともあえて気が付かなかったことにしたのか。
「酔狂などではございません!」
今度はギガイの腕にナネッテの手が伸ばされた。
だが優秀なギガイの側近はギガイのわずかな言葉と雰囲気で、ギガイの思いを汲み取ったのだろう。
いつの間にか近付いてきていたリュクトワスが、ギガイへ触れる前にナネッテの手を握り込んでいた。
「 “触るな” と仰っていたのが、聞こえなかったか?」
口元に浮かんだ笑みに反して、声も目も冷たい姿はギガイの代理として対外的な処理をする際によく見るリュクトワスの姿だった。
そんなリュクトワスをナネッテがキッと鋭く睨み付けていた。
たとえ黒族の方が部族としては上とはいえ、もともとプライドが高い白族なのだ。族長である自分が同じ族長でもないリュクトワスから指示されたことが気に食わなかったのだろう。それに加えてギガイへ触れる前に横から邪魔をされた状況なのだから、ナネッテがリュクトワスを見上げる眼には怒りが満ちている。
それを平然と見つめ返すリュクトワスに後処理は任せることにして、ギガイは再び背を向けた。
「お待ちくださいギガイ様! 私は以前から申し上げております通り、ギガイ様をお慕いしておりますわ。信じては頂けないのでしょうか?」
そんなギガイの背中に焦ったようなナネッテの声が聞こえてくる。服への移り香さえも防ぐために、いつも以上にマナ茶が焚き詰められた室内の中で、微かに媚毒の香が漂っていた。
これまでよりもさらに触れるリュクトワスへも毒を擦り込んでいるだろう。だがそうした所でギガイ同様、全く効かないリュクトワスへは意味がないことだった。
そもそも本当に慕っていようが、打算だろうがギガイにとってはどうでも良いことなのだから。そんなことに割かれる時間が煩わしくて仕方がないのだ。
「リュクトワス、処理をしろ」
「かしこまりました。結果は?」
「不要だ」
結果報告を受ける時間さえもったいない。そう伝えたところで、本当に必要があると判断すれば、資料も情報も補足した上で報告してくる男だ。だからギガイにとってはこの瞬間にナネッテのことは完全に終わったつもりだった。
そんな気配を感じたのか、ナネッテの方からも諦めるような溜息が聞こえてくる。
「そう言えば、ギガイ様のご寵愛を賜る方がいらっしゃるとか。ただの噂だと思っておりましたが、あながち嘘ではなかったということでしょうか?」
ただ話がレフラへ及んだことで、ギガイの足が再び止まった。日々冷酷そうだと言われる表情を浮かべたまま、何が言いたいのか、とナネッテの方を振り返る。
「……」
だが視線を向けたっきり、ギガイは何も言わなかった。
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