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第38 徒花の毒 3

ナネッテへ告げたいことや取り分け聞き出したいことが、ギガイにあった訳ではない。いまギガイが必要だと想う相手には、伝えるべきことは伝えている。 そして何よりも。 必要に駆られた状況でなかったとしても、分かり合いたい者や誤解を恐れる相手ならば、最近のギガイは精一杯言葉を尽くしていた。 だがギガイにとってナネッテは、その相手ではないのだから。 言葉を用いる意味さえ見出せなかった。 「……本当のことだったのですね……」 無言の間にナネッテの中で答えを導き出したのだろう。 リュクトワスを振りほどくことも諦めて、力なく佇むナネッテの眼が、涙で潤んで揺れていた。アメジストのようだと称される双眼は、湛えた涙が部屋の灯りを反射して確かに宝石のように輝いている。 「1度お会いしてみたいですわ……せめて私が長年思い続けてきたギガイ様のお相手ですもの……」 恋に破れた女の儚さ、といった雰囲気なのだろう。涙を浮かべて切なそうな表情を浮かべてこちらを見てくるナネッテをギガイが無感情に見つめ返した。 魅惑を特性とするはずの種族なのだ。世間的に見れば艶麗だと言われる容姿のナネッテだ。いまの姿が他の者にとっては惹かれて情も欲も掻き立てられる姿だということは分かる。だが寵愛を求めて媚びへつらい、嫋やかに侍る者達はこれまでにも数多にいた。そうやってギガイへ差し向けられていたのだから、それなりの美貌は持った者の方が普通だった。 白族が得意とする魅了も効かず、そんな者ばかりを見慣れたギガイにとっては、ナネッテさえも数多いる者の1人にしか成り得ないのだ。 これが唯一としているレフラならば、ほんのわずかに気落ちしたような空気さえ、ギガイの心をザワつかせる。ましてこんな風に涙を浮かべていれば、すぐに抱えて慰めもするはずだった。 だが今はわずかにもギガイの心は動かないのだから。 それだけの相手でしかなかったのだと、逆にハッキリと確認したようなものだった。 「祭りの間、手元に置く。見かけることもあるだろう」 会わせる義理など全くなく、そんな気も少しも沸かない。だが会いたいと望むのなら、眺めるぐらいのチャンスはあるだろう。遠くからでもその姿を眺めれば良いと思うだけだった。 「まぁ、よほど溺愛されておりますのね……妬けますわ……でもそれほどギガイ様の寵愛を受ける方なんですから、素晴らしい方なんでしょうね……」 「そうだな。だが、私の寵妃の価値は私が決めること。貴様らが品定めすること自体が不遜だと思え」 レフラのことに関係していたため足を止める気にもなったが、特にギガイの気を引く内容はなさそうだった。そうなれば、これ以上に話すことはないと、ギガイが再び踵を返した。 視線の先にあるのは、いつもの執務室へ続く扉。そこでは会談の終わりを今か今かとヤキモキしながら、レフラが待っているだろう。 会談前の会話を思い出してギガイの口元が微かに緩む。それはナネッテがもし見ることが出来ていれば、ひどく驚くような表情だった。

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