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第39 徒花の毒 4
『この後はまた白族との会談だ。午後からは訓練棟へ向かう予定なのだから、その間に身体を休めておけ』
そう伝えたのはあと少しで会談が始まるといったタイミングだった。
言葉が足りないせいで泣かせてしまったあの日から、約束通りレフラに対してはできるだけ言葉にするように努めていた。そんなギガイに『お仕事に関しては大丈夫ですよ』そう言って笑っていたレフラも、発端となった白族との会談だけは別なのだろう。
何か言いたげな様子に、まだ少し早かったがリュクトワス達を先に向かわせ、護衛の3人をいったん外へ出す。その状況に申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、レフラはギガイの首筋に、また額をスリスリと押し当てていた。
『……どれぐらいのお時間で、それは終わるんでしょうか?』
『だいたい1時間程度だな』
『1時間……。長引いてしまうこともありますか?』
『まれにな。……どうした、何か心配なのか?』
『……心配?』
いつもと違う様子に聞いたのはギガイの方だった。だけどレフラ自身、自分の気持ちがよく分かっていないのか、その言葉に黙り込んでしまう。
しばらく黙り込んで考えたあと、何かの答えに行き着いたのだろう。ギガイへ向けてきた視線がフルッと震えていた。そのまま口を開きかけて、また閉じて。見つめてくる目から、力が抜ける。
1つ1つはどれも注意深く見つめて初めて気が付くような、ささやか過ぎるサインだった。だけど日々腕の中に抱え込んで愛しんでいる御饌なのだ。いまではその仕草が、何か言いたいことを伝えても良いのか悩む時に、見せる動きだと分かっていた。それだけに、その仕草にも気が付きやすい。
(いつものように言葉を促すことは簡単だが……)
ただ艶やかな唇が何度も開きかけては閉じる様子から、レフラなりに素直に告げようと頑張っていることが伝わってくる。
(もともと気持ちを抑え込むのを、当たり前としていたからな)
そうやってずっと生きてきたレフラが、一緒にいることで少しずつ変わろうとしてきているのだ。その変化がギガイにとっても嬉しく、そして愛おしかった。
ギガイは何も告げないまま、そんなレフラの唇を指でなぞった。その感触や体温がレフラを後押ししたのかもしれない。
『……ここに……』
少し緊張している声が聞こえてきた。いったん言葉を切って、ギガイの首筋をためらいがちに触れてくる。その指先も、やっぱりいつもより冷えていた。
『……もう、他の方の匂いなんて付けないで下さい。……ギガイ様を信じているはずなのに……また移り香があったらって思ったら、苦しいんです』
苦しいと言った言葉のままに眉根を寄せた表情はツラそうに見えていた。
『……自分がこんなに嫉妬深い方だなんて、始めて知りました』
ごめんなさい……。
ポスッと首筋に顔を埋めたレフラから聞こえてきた声にギガイは「ふっ」と笑った。
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